クリエイターハウスの隆盛を支えるのは、リアリティ番組への視聴者の関心と低金利下の投資家の行動。
新型コロナウイルスの世界的流行で経済が沈滞する中、一つだけ元気な業態があります。それが、クリエイターハウスです。本記事では、クリエイターハウスとは何か、なぜクリエイターハウスが隆盛するのか、クリエイターハウスはどこへ向かうのか、を解説します。
クリエイターハウスとは
クリエイターハウスとは、コンテンツクリエイターが集団生活する豪邸のことです。クリエイターがYouTuberならYouTuberハウス、TikTokerならTikTokerハウス、ゲーマーならゲーマーハウスと言います1。
代表例はYouTuberローガン・ポールの弟で同じくYouTuberのジェイク・ポール率いるTeam 10ハウス(2017年から)、FaZe Banks率いるゲーマー集団FaZe ClanのClout House、人気TikTokerを集めたクリエイターハウスとして有名になったThe Hype House(2019年から)、同じTikTokerのSway House(2020年から)、美容YouTuberのコール・キャリガンとラ・デミ率いるGlam House(2020年から)などです。
2020年はTikTokerハウスが続々と作られています。それにはクリエイター側の理由、視聴者側の理由、そして社会・経済的な理由があるのです。
クリエイターが集団生活する理由
クリエイターハウスに住むことはクリエイターにとっては、
- 撮影機材やノウハウを共有できる
- 共同でスポンサーを見つけられる、コネがある
- 同居しているのでコラボ作品を作りやすい2
- コラボでフォロワーを増やしやすい
などのメリットがあります。フォロワー数・視聴回数はクリエイターの収入そのものですから、クリエイターハウスへ移住するのはクリエイターにとって有利なのです。
リアリティ番組:クリエイターハウスの源流
クリエイターハウスはクリエイターにとってありがたいだけではありません。視聴者はクリエイターハウスの作品を歓迎します。視聴者はクリエイターハウスから出てくるコンテンツをリアリティ番組として楽しむのです。
リアリティ番組は現実の生活の中にカメラを持ち込んだテレビ番組です3。リアリティ番組は米国では絶大な人気を誇ります。日本語版も放映されている『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』4は20シーズンに迫る長寿番組です。『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!/Too Hot to Handle』、『ラブ・イズ・ブラインド ~外見なんて関係ない?!~
Love Is Blind』など、Netflixにも多くの人気リアリティ番組があります。
米国におけるリアリティ番組文化の強さは映画『ハンガーゲーム』からも読み取れます。『ハンガーゲーム』では国内の各地域から選ばれた若者が生き残りをかけた見世物に参加します。リアリティ番組には出演者が毎回一人ずつ消えていくものがありますが、『ハンガーゲーム』は完全にこの形式に従っています。トランプ大統領が国民的人気を獲得した『アプレンティス』もこの形式です。本サイトでよく取り上げるYouTuberのジェームズ・チャールズもYouTube上でこの形式のリアリティ番組“Instant Influencer”を主催しています。
過去には伝説的なロックバンド「ブラック・サバス」のオジー・オズボーン一家の『オズボーンズ』など有名人を取り上げたリアリティ番組が多くありましたが、現在では応募してきた一般人の生活を映すのがリアリティ番組の主流になっています。クリエイターハウスの隆盛はこの流行を受けたものです。
米国のジェネレーションZ5はオランダ生まれのリアリティ番組“Big Brother”をよく観ていたので、クリエイターハウスは“Big Brother”を目指しているとも言われます。
クリエイターハウスはリアリティ番組を目指す
リアリティ番組の視聴者は、出演者の「リアルな」恋愛・友情・確執・ケンカ6・ビジネス上の成功を固唾をのんで見守ります。視聴者は出演者たちに感情移入し、出演者たちを応援します。こうなれば出演者にとってはしめたものです。強固なファン層を手に入れられるからです。
ファンの支持を得るため特に重要なのが恋愛の要素です。『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!/Too Hot to Handle』や『ラブ・イズ・ブラインド ~外見なんて関係ない?!~
/Love Is Blind』など恋愛そのものがテーマのリアリティ番組が多いのはそのためです。Team 10ハウスのジェイク・ポールは初期にはアリッサ・ヴァイオレットを恋人にしファンの子どもたちからはJalissaと呼ばれ、後にはエリカ・コステルを恋人にしJerikaと呼ばれ、さらにタナ・モジョと付き合ってJanaと呼ばれていました7。『ハンガーゲーム』にも、主人公は好感度を上げるために恋愛関係を装う描写がありました。これもリアリティ番組の文脈を踏まえたものです。
クリエイターハウスのファンも出演者たちの恋愛に声援を送ります。クリエイターハウスの住民たちは十代後半から二十代前半が多いので、主たるファン層はそれより少し下の年齢層の子どもたちです8。子ども相手の商売なので商品(マーチ)の広告宣伝が問題になることもあります。さらに、恋愛そのものをマネタイズすることもできます。ジェイクは複数回、彼女たちとの「結婚式」を挙げ、数億円の利益を得ています。
批判を浴びても大規模なパーティーを開くわけ
リアリティ番組は出演者たちの豪華で派手な暮らしぶりでもファンを魅惑します。『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』の「セレブライフ」の要素です。クリエイターハウスの若者は、数十万、数百万規模のフォロワーを持ち、同世代の若者よりは遙かに稼いでいますが、カーダシアン家ほどの「セレブ」ではありません。しかしファンの子どもたちをあこがれの暮らしで夢中にさせるのはお手の物です。
セレブやアーティストを招いて大規模なパーティーを開催することもよくあります。もちろん美形のモデルも多数集めます9。新型コロナウイルスの外出制限に伴い集会が禁止されているにもかかわらず、大規模なパーティーを開き、集団感染を発生させた例(その1、その2)もあります。
これは邪道でしょうか? いいえ、リアリティスターとしては王道です。『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』の主人公格キム・カーダシアン10は“famous for being famous”(「有名であることが有名」裏返せば「有名である以外とくに何もなし」)と言われる人物です。フォロワーの注目をテコに、もっと注目を集めてフォロワーを増やし、金を生み出すのが現代のセレブです。リッチでカッコイイ生活をしていると見せかけること自体が富を生む仕掛けです(たとえばこれやこれ)。カイリー・コスメティックスもその例です。彼らにとっては炎上すら注目を増やす手段です。スキャンダルメディアも一体になって騒ぎを盛り上げます。
ちなみに、The Hype Houseの豪邸は元はFaZe ClanのClout Houseでした。パーティー用の豪邸として有名なようです。当初からパーティーを動画にするのを計算に入れていたのでしょう。見映えのするプールとダンスホールがあります。
クリエイターハウスが乱立する経済的理由
The Hype Houseの発起人の一人、トーマス・ペトロも、Glam Houseの発起人の一人、コール・キャリガンも、ジェイク・ポールのTeam 10ハウスに所属したことがあります。Team 10ハウスはクリエイターハウスの源流の一つと言えそうです。人気者が共同生活し、恋愛やケンカで注目を集め、人気をさらに高める手法はTeam 10ハウスが確立したものです11。
VinerからYouTuberになったジェイク・ポールは、詐欺行為とウソを繰り返した結果、現在では完全に終わってしまった人です。しかし、目立った才能のない若者がVineやTikTokなどのアプリでたまたま得た名声を使って儲けるビジネスモデル12を確立したという意味では現代コンテンツ産業の立役者だと言えるでしょう。
ビジネスとしてのクリエイターハウスは活況を呈しています。これはバブルと言ってよいでしょう。おそらく、バブルになっている理由の一つは、クリエイターハウスに投資家からの資金が集中していることです13。彼らのパーティーが投資家の出資を受けていることは稀ではありません14。
TikTokハウスが雨後の竹の子のように乱立している背景にはドットコム・バブルと類似の構図がありそうです。ドットコム・バブルでは、今から思えば凡庸なITベンチャーが投資家から莫大な資金を集めました。ドットコム・バブルの背景には低金利がありました。現在も、COVID-19の世界的流行を受けて低金利に拍車がかかっています。外出制限の可能性が常にちらつく中で、成長の可能性のある業界としてコンテンツ産業が注目を集めているのでしょう15。インフルエンサーの動画が広告の手段として現在もっとも有効であることも投資が集まる理由です16。世紀の変わり目に低金利にあえぐ投資家たちを幻惑したのはITベンチャー起業家の繰り出す技術用語でしたが、いま彼らを幻惑するのはクリエイターのフォロワー数とパーティーとケンカと恋愛とファンへの影響力のようです。
ブームはいつ終わるか、そしてその後
クリエイターハウスのバブルはいつまで続くのでしょうか? ドットコム・バブルを終わらせたのは利上げでした。新型コロナウイルスの世界的流行への対策として行われている低金利が終わるときが、クリエイターハウスのバブルがはじけるときでしょう。
クリエイターハウスが乱立しているのも気がかりです。供給過剰は質の低下をもたらし、アタリショックを引き起こすかもしれません。すでにその徴候は見えはじめています17。
ドットコム・バブルがはじけると、多くのITベンチャーは倒産し、生き残ったのはGoogleやAmazonなど今も残る一部の企業だけでした。もちろん、生き残るためには、投資家の目をくらます美辞麗句ではなく、企業としての実力が必要になります。
クリエイターハウスとしての実力とは、ファンへの発信力と訴求力です。発信力は既存メディアとつながれば飛躍的に高まります。つまり、テレビ局の番組になってしまうのが一つの出口戦略です。
これに先鞭をつけたのがなんとまたもやジェイク・ポールでした。MTVがYouTuberのタナ・モジョを主役に据えたリアリティ番組“MTV No Filter: Tana Turns 21”を発表するや、「彼氏」として出演し、「結婚式」まで挙げてしまったのです。彼の嗅覚は確かです。
The Hype Houseは“The Hype Life”という名の番組を撮影中であると報じられています。クリエイターハウス側も生き残りに必死ですが、大手メディアも「クリエイターハウスのGoogle」や「クリエイターハウスのAmazon」(あるいは第二の“Big Brother”)をつかみ取ろうと必死なようです。
クリエイターハウスの訴求力は親しみやすさにあります。ファンはYouTuberやTikTokerに友達のような親しみを感じます。それが破壊されるリスクは人間関係とトラブルにあります。ジェイク・ポールのTeam 10は、アリッサ・ヴァイオレットの告発と離反に仲間割れが続き、詐欺行為やいじめの告発も相次いでいます。犯罪まがいの行為(その1、その2)も絶えず起こしています。The Hype Houseも仲間割れで告発され離脱者が大量発生しました。浮気の告白で大混乱も発生しています18。結束のための仕組みを作り19、強固なファン層を築けたクリエイターハウスが勝利を収めるでしょう20。
こちらはクリエイターハウス紹介記事一覧です。
- 人気TikTokerが集結したThe Hype Houseすでに問題が山積み?
- 新TikTokハウスClub Houseの豪邸とメンバー紹介
- 美容系ハウスThe Glam House Beverly Hills【クリエイターハウスその1】
- Drip Cribのリアリティ番組予告編がいじられる【クリエイターハウスその2】
- クリエイターハウスの隆盛を米国TV文化と経済から解き明かす The Hype House、Sway House、Alpha House、……(本記事)
Image: Naassom Azevedo on Unsplash, Ярослав Алексеенко on Unsplash, Samantha Gades on Unsplash, Michael Longmire on Unsplash, Ussama Azam on Unsplash, sway house VS hype house Tik Tok Battle TikTok Toxic
注
- 一人が複数を兼ねることも多い。
- コラボ動画は視聴回数が上がりやすい。
- これはリアリティ番組にヤラセがないことを意味しない。
- 2020年9月にシリーズの終了が発表された。
- ジェネレーションZ (Generation Z)もしくはGen Zは2000年ごろから2010年ごろ生まれの世代。
- ケンカを見たければ“Jersey Shore”や“Bad Girls Club”がおすすめ。筆者は“Jersey Shore”が大好きだったが、邦題はひどいと思う。
- いずれも半分は演出上の関係、半分は実際の恋愛関係であったようだ。アリッサとの別れはこちら、タナとの別れはこちら。
- ファン集団に名前がついていることもある。ジェイク・ポールのファンのJake Pauler、ローガン・ポールのファンLogangなど。
- アリッサ、アビー・レオ、コリナ・コップがこの手のパーティーに呼ばれる美女の代表例。
- キム・カーダシアンは1980年生まれ。ラッパーのカニエ・ウェストの妻。
- YouTuberハウスはO2Lが2012年に立ち上げられるなどTeam 10以前からあったが、現在のスタイルを確立したのはジェイク・ポールのTeam 10ハウスである。
- まさにfamous for being famous状態。
- Glam Houseの発足を発表する動画ではJeff Jonesなる投資家への感謝が述べられている。
- 一例としては、ジェイク・ポールとタナ・モジョの「結婚式」も投資家の資金を得て行われた。
- 他の業界に比べれば影響は軽微だが、YouTuberも広告収益は落ちている。
- クリエイターハウスではないが、YouTuberのジェフリー・スターとシェーン・ドーソンのコラボ企画はコスメ用品の販売で数十億円の利益を短時間に上げている。
- Drip Cribがふるわないことにその兆候が見える。
- ただしこれにも話題作りのヤラセという見方もある。
- デイヴィッド・ドブリック率いるVlog Squadはあえて緩やかなつながりにすることで崩壊しない仕組みを作った特異な例。
- 主要出演者がカーダシアン・ジェンナー家という家族なのが『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』が長寿番組となった秘訣だった。