英語のツイートで/srsや/sや/jや/posなどスラッシュと文字を組み合わせた記号を見たことがありますか? これはtone indicator(トーンインディケーター)あるいはtone tag(トーンタグ)です。Tone indicatorとはネットでは伝わりにくいニュアンスを示すための道具です。日本語に訳すならさしずめ「口調表示」とか「口調タグ」でしょう。
本記事では、tone indicatorの意味、利用目的、使用例、tone indicatorへの批判を紹介します。
Tone indicatorとは? 実例で説明
「すばらしい!」と言ったとき、普通なら文字通り何かを褒めています。しかし、実は皮肉で、本当は「これはひどい!」という意味が込められていることもあります。文字通りの意味か、皮肉かは、文脈や口調でわかります。
しかしネット、たとえばTwitterの文章には口調はありませんし、文脈もわかりにくくなります。そのため、誤解も生じがちです。
そこで使われるのがtone indicatorです。
(2021年4月5日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
こちらのツイートだけでは文字通り質問しているのか、オリヴィア・ロドリゴ嫌いの人に怒っているのかわかりません。しかし、tone indicatorの/srsがついています。/srsとは、「本気」という意味です。つまり、これは単に質問しているということになります。
こちらのツイートも同じです。
this makes me wanna cry /pos https://t.co/AiWGSU617Z
— ria (@dreamcussing) March 28, 2021
Tone indicatorの/posの意味は「ポジティブ」です。つまり、このツイートは悲しくて泣きそうなのではなく、うれし泣きだとわかります。
Tone indicatorの一覧
Tone indicatorにはいろいろなものがあります。こちらのサイトにあるものを元に表にまとめました。よく使われるとされるものを上に配置しています。
Tone indicator | 意味 |
---|---|
/j | 冗談(joking) |
/hj | 半分冗談(half-joking) |
/s | 皮肉(sarcastic) |
/genまたは/g | 文字通り(genuine) |
/srs | 本気(serious) |
/nsrs | 本気ではない(non-serious) |
/pos | ポジティブ(positive connotation) |
/nec | ポジティブでもネガティブでもない(neutral connotation) |
/negまたは/nc | ネガティブ(negative connotation) |
/p | 恋愛ではない(platonic) |
/r | 恋愛(romantic) |
/c | コピペ(copypasta) |
/lまたは/ly | 歌詞(lyrics) |
/lh | 陽気(light-hearted) |
/nm | 怒ってません(not mad) |
/lu | 当惑(a little upset) |
/nbh | ただの愚痴で、この場の誰かの話ではない(nobody here) |
/sxまたは/x | 性的な意味(sexual intent) |
/nsxまたは/nx | 性的な意味ではない(non-sexual intent) |
/rhまたは/rt | 修辞疑問(rhetorical question) |
/t | からかい(teasing) |
/ij | 内輪ネタ(inside joke) |
/m | 比喩(metaphorically) |
/li | 比喩ではない(literally) |
/hyp | 誇張(hyperbole) |
/f | ウソ(fake) |
/th | 脅迫(threat) |
/cb | 釣り(clickbait) |
Tone indicatorの由来
口調が伝わらないのは文字メディアの宿命です。電子掲示板(Redditなど)からtone indicatorは使われ始めたようです。
アルバート・メラビアン(Albert Mehrabian)による「感情や態度が矛盾したメッセージが発せられたときに、人は言語情報よりも口調などの聴覚情報や表情などの視覚情報を重視する」という有名な研究(メラビアンの法則)を引用しています。Twitterで誤解やケンカが発生しやすいのは仕方がありません。絵文字もtone indicatorと同じように言語以外の情報を伝えますから、tone indicatorは絵文字と補完しあいながら使われるかもしれません。
Tone indicatorが必要なもう一つの理由
Tone indicatorが必要なのはネットの文章では口調が伝わらないからですが、もう一つ大事な理由があります。皮肉や言外の意を感じ取るのが苦手な人がいるからです。人によっては文字通りの意味の背後にある表情や口調を読み取れず苦労します1。このような人にとって、tone indicatorは意味を理解する助けになります。
近視の人は裸眼では車を運転できません。しかし、眼鏡やコンタクトがあれば問題なく暮らせます。近視の人が社会で暮らしていくために眼鏡やコンタクトがあり、脚の動かない人が社会で暮らしていくために車いすがあるように、口調や文脈を読み取るのが苦手な人にはtone indicatorがあることになります。Tone indicatorは口調や文脈を読み取るのが苦手な人のための眼鏡です。どんな神経学的特性を持った人にとっても暮らしやすい社会を目指すニューロダイバーシティの観点から推進されているようです。
Tone indicator不要論
Tone indicatorはネットではどのように受け止められているのでしょうか? YouTubeではtone indicatorに好意的でない意見が多いようです。
こちらの動画ではジョークだと明らかにわかるものに/jとつけなければいけないのはバカげている、と述べられています。
(2022年4月3日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
「Tone indicatorやtone tagをつけるのがルールになって、ジョークに/jをつけなかったせいで叩かれるような世界になるのはいやだ。ニューロダイバーシティの観点から推進するのはよいとしても、それ以上に広げるのは反対。」という意見です。
YouTuberのKeemStarです。
/j /hj /srs /s /lh /nm /gen /neg /pos /ij /t /ly /p /r
Hello,
/j /hj /srs /s /lh /nm /gen /neg /pos /ij /t /ly /p /r pic.twitter.com/0jb1CW27yD
— KEEM 🍿 (@KEEMSTAR) March 24, 2021
KeemStarの腰巾着のムタハです。
これからの俺の口調はすべて/r(恋愛)ね。
(2024年8月25日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
傷つくこと、傷つけることに敏感すぎる現代社会の風潮にはうんざりという態度のようです。冗談も言えなくて息苦しいという声もあります。
一方で、このような態度は推進派から非難されています。こちらの動画では、YouTuberのギャビー・ハナがtone indicatorを揶揄して炎上しかけたことが紹介されています。
(2021年11月7日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
誤読される可能性があるツイートをするときは、☆トーンインディケーター☆をつけてください。曲解されたり、ジョークだと気づかれなかったりしないように。
words can hurt even if they weren’t meant to.
if you’re tweeting anything that can be misconstrued or interpreted in any way other than what you meant, please include a ☆tone indicator☆ to ensure that nothing gets twisted and jokes are made clear.
— rachel (@goddessgjh) February 27, 2021
これに対して、ギャビーは「これはちょっと行き過ぎでしょ」とツイートし(現在は削除済み)、次のようなやりとりになりました。
ギャビー:だからこれは行き過ぎってトーンなの。
(2021年10月24日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
この発言が障害者差別だと批判され、ギャビーは謝罪ツイートをしました。
(2021年10月24日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
今後tone indicatorは使われていくのか?
Tone indicatorは今後、一般化していくのでしょうか? Tone indicatorが皮肉を皮肉、文字通りの意味を文字通りの意味とわかりやすくしてくれるものなので、需要はあるでしょう。母語なら皮肉を感じ取れる人でも、外国語を読むときには、tone indicatorがあると助かります。様々な特性を持った人々が不利益を感じることなく生きていけるならばそれはよいことですから、tone indicatorは推奨されるべきかもしれません。しかし、tone indicatorはバカげているという意見も多く、すべての人がすぐに使うようになるとは思えません。
一方で、tone indicatorの推進派は反対意見に対する再反論もこちらのサイトでは用意しています。「ジョークにいちいち/jとつけなければならないのはジョーク殺しだ」という反対意見に、「コメディは最初からコメディだとわかっていてもちゃんと面白い。/jをつけるとつまらなくなるものは元々つまらなかったのだ。」と答えがついています。また、tone indicatorは本当に必要としている人がいるのだから、馬鹿にしないでほしいとも書かれています3。
また、推進派はウソのtone indicatorをつけるジョークもやめましょうと提案しています。ウソのtone indicatorが増えると、tone indicatorは無意味になってしまうからです。しかし、ウソは防ぎようがありません。Tone indicatorが普及するのは難しそうです。ツイートに新たにtone indicatorをつけることは負担なのも普及を難しくしそうです。
もしTwitterがすべてのツイートに強制的にこれらのラベルをつけさせる仕組みを導入すれば一気に広まるかもしれません4。しかし、そのときには、/sや/jのような無骨な文字ではなく、絵文字や色で表示することになるでしょう。