アメリカでは年間80万人の子どもが誘拐されている……のはウソ!不思議なウソが広まる原因は?

社会・政治

子どもの誘拐は凶悪犯罪です。我が子が行方不明になった親御さんの気持ちを思うと胸が潰れます。

アメリカでは子どもの誘拐への意識が高く、SNS上で啓発活動をしている人も少なくありません。このようなツイートを目にしたことがないでしょうか?

アメリカでは新型コロナウイルス感染症で数十万人の死者が出ています。「それより多くの子どもたちが行方不明になっている」というのです。もし本当なら、深刻な問題です。まことしやかに「年間80万人の子どもが行方不明になる」ともささやかれています。しかし、本当なのでしょうか?

実はこれはウソです。ウソならばなぜ広まってしまったのでしょう?

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行方不明者数は新型コロナウイルスの死者数より少ない

2020年7月に出た「新型コロナウイルスによる死者よりも行方不明の子どもの方が多いという主張がされているが、誤り。」というロイター社の記事を紹介します。

Fact check: There are more confirmed global COVID-19 deaths than the number of children reported missing in the U.S.
Shared on Facebook and Instagram, posts claim that the number of COVID-19 deaths worldwide is less than the number of children who go missing in the United Stat...

この記事の書かれた時点で、新型コロナウイルスによる死者は世界で約59万人、米国で約14万人でした。もし「行方不明の子ども80万人」を信じるなら確かに死者より多いことになりますが、この数字には根拠がありません。

FBIによれば2019年に米国で行方不明になった未成年は約42万人です。ただし、これは届出の数なので、一人が二度家出すると二人と数えられています。また、届出の数なので、届出が取り下げられても減りません。2019年に全年齢で約60万9000人について行方不明の届出がされていますが、うち約60万7000人は家に帰った、見つかった、などの理由で取り下げられています。取り下げられていないのは2000人程度です。「80万人」を大きく下回ります。「80万人」は正体不明の数字なのです。

さらに、子どもの行方不明と聞くと見ず知らずの人に誘拐されることを連想しますが、これは実態とは違っています。21歳以下で顔見知り以外に誘拐された人は2010年以来、全米で毎年350人前後です。近年増えている傾向もありません。子どもは実は顔見知りの人に誘拐されることが多く、その多くは離婚で親権を失った親です。

こちらのヴァージニア州のテレビ局の動画も、見ず知らずの人に誘拐される子どもは意外と少ないと言っています。

Over 300 missing children`s cases in Virginia

行方不明になる子どものほとんどは家出で、たいていは数日以内に見つかります。子どもの失踪は人口密度の高い地域で多く、夏休みや冬休みに増えます。このニュース動画の作られた時点で、300人以上の子どもがヴァージニア州では行方不明だそうです。300人以上とは大変な人数で、あってはならないことです。しかし、全米で集計しても毎年何十万人という数字にはなりそうにありません。

ウソを信じる人々

このように「80万人」は公表されている数字からはウソなのは明らかです。しかし、このウソはロイター社が記事を出さねばならないほど広まっていました。

たとえばこのようなツイートです。

 

さらに別の例として、こちらはHBOのドキュメンタリー“Showbiz Kids”のレビュー(「エヴァン・レイチェル・ウッドはなぜ泣いたのか」というタイトル)を紹介しているツイートへのリプライです。このドキュメンタリーはハリウッドでしばしば子役(特に男の子)が性的暴行を受けていることを告発していますが、それに対してこのようなコメントがつきました。

「80万人」という数字に加えて「人身売買」と「ハリウッド」が出てくるのも目を引きますが、いかにも怪しい内容です。

同じようなツイートはほかにもあります。

毎年80万人が行方不明になり、その黒幕はハリウッドだというのです。彼らの想像する「黒幕」はハリウッドにとどまりません。米国エンターテイメント界最大のブランドを作った人物、ウォルト・ディズニーもです。

この途方もないウソを信じ、広めている人々は2020年の半ばには無数にいました。

ウソを信じているのは誰か?

2020年の米国最大の政治的イベントは、大統領選挙でした。選挙について、このような呼びかけも行われていました。

「80万人の子ども」「小児性愛者」「拷問」そして「食われ」と、不穏な単語が並んでいます。ジェフリー・エプスタインの事件は2019年に注目を集めました。

ジェフリー・エプスタインの犯罪 前編:被害者の語る性的搾取
恵まれない少女を集めて権力者たちの性奴隷にする——そんな映画じみた事件の被疑者が拘留中に自殺したというニュースが2019年8月10日、世界を駆け巡りました。被疑者はジェフリー・エプスタイン。過去にも同じ容疑で逮捕されていますが、不可解な理由...

エプスタインは少女たちを集めて性的に搾取していたことが明らかになっていますが、「拷問」したり「食」ったりしていた証拠はありません。話に尾ひれがついているようです。

これらのウソを信じてばらまいていた人々の多くはいわゆるQアノン陰謀論の信奉者です。その大半はトランプ前大統領の支持者でした。

新型コロナウイルス対策に消極的なトランプ前大統領を支持するQアノン信奉者たちは、「80万人」「ハリウッド」「ディズニー」を論拠に、「新型コロナウイルスよりももっと大きな問題がある!」と新型コロナウイルス軽視論を展開し、反マスク論を唱えました。

Qアノン・反マスク派が「マスクがいやなもう一つの理由は、子どもにチカンする奴らはマスクが大好きだからだよ!」とニュース映像の中で語るのを見て、白目をむく人々もいました。

残念ながら、コントではなく、現実のニュース映像です。ウソの数字を信じ、感染症の拡大を止める気もない人々を見てあきれかえる声が出ていました。

Qアノン信者がウソに気づかないことに首をひねる声もあります。

確かに、「80万人」を信じるなら、4人生まれた子どもが大人になる頃には1人が行方不明になっていることになります。さすがにそんな事態があったのに誰も気がつかなかったというのはありえません。もしかして、Qアノン信者の身の周りでは頻繁に子どもが行方不明になっているのでしょうか?

Qアノンには、悪人たちが子どもを人身売買しているという信念があります。こちらのBBCの動画では、そんな中で起こった珍事件が紹介されています。

Wayfair: The false conspiracy about a furniture firm and child trafficking – BBC News

オンライン家具販売店のWayfairサイトが人身売買の場だとQアノンに攻撃されました。家具に女の子の名前がついていて、高価だったため、実は家具ではなく人間なのでは?と疑われたのです。

この陰謀論は米国の外にもSNSを通じて広まりました。家具の名前は実際に行方不明になっている子どもの名前と同じだと主張されましたが、それはよくある女の子の名前だったからです。高価なのも、サイズが大きかったからです。

また、ロシアの検索エンジンYandexに家具のIDを検索すると女性の写真が出てくると騒ぎになりましたが、これはYandexのバグでした。

「80万人」を信じる人々の多くはトランプ前大統領派のQアノン信者でしたが、別の種類の人々もいました。たとえば、次のようなやりとりがありました。

こんなリプライがつきました。

このリプライをつけられたpenelopeという人物は反トランプ派でした。2021年3月には明確に反トランプ的なツイートをしています4

アメリカには左右両派ともに多くの子どもが行方不明になっていると信じる傾向があるようです。

子どもが行方不明になるのを極端に恐れる理由の一端は……

アメリカには子どもが行方不明になることを極端に恐れる考えが社会に浸透しています。Qアノン信者たちが信じ込んでしまったウソも、社会に浸透した考えと親和性が高かったから信じ込めてしまったのです。

アメリカ社会では誘拐への恐怖が行き渡っています。こちらはジョージア州の連邦下院議員候補だったアンジェラ・スタントン・キングのツイートです。

(2021年5月15日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)

このツイートの情報源と思われるツイートへのリプライによれば、この女性はギャング団に入っており、対立する団体に拉致されたのだそうです。つまり連邦下院議員候補のツイートは事実誤認だった可能性がありますが、少なくとも2万5000回のリツイートがされていたことになります。誘拐の情報は広がりやすいのです。その後、連邦下院議員候補のTwitterアカウントは規約違反で凍結されました(本件との関係は不明)。

恐れのあまり、軽い冗談に激しく反応する人もいます。こちらは女優のアリッサ・ミラノのツイートへの反応です。

「大きくなった赤ちゃんでも毛むくじゃらの赤ちゃんでもオッケー」とツイートして、リプライはペットの写真であふれています。受け取り方によっては不適切なツイートなのは確かです。とはいえ、このような激しい反応が出る素地がアメリカにはあるのです。

こちらの記事ではフランスでは好意的に受け止められた映画『キューティーズ/ミニョンヌ』が、アメリカではアレルギー的な拒否反応を呼び起こした落差についてまとめました。

米国でNetflix『キューティーズ』に非難集中?監督の意図・フランス人の意見は?ネタバレあり
Netflixで公開中の映画『キューティーズ(Cuties/Mignonnes)』のネタバレ記事です。『キューティーズ』は、予告編やポスターが公開されて以来ソーシャルメディアで論争をよんでいました。映画のテーマが非常に不適切だというのが理由...

この映画についてトゥルシー・ギャバード下院議員はこのようにツイートしていました。

ギャバード下院議員は民主党員で、Qアノン信者ではありません。しかし、フランスでは受け入れられた作品を神経質に恐れるほど子どもが行方不明になること(と小児性愛者)を恐れているのです。

なぜアメリカでは子どもが行方不明になることが神経質なまでに心配されているのでしょう? その原因の一端がこちらの動画で紹介されています。

Here's Why We Don't See Missing Kids On Milk Cartons Anymore

アメリカでは、行方不明になった子どもの写真が牛乳パックに印刷されていたことがありました。1979年に行方不明になったイータン・パッツ君の写真が1984年に印刷されたのが始まりです。

牛乳パックはスーパーに置いてありますから、誰かが行方不明の子どもを見つける助けになるかもしれません。そのためこの方法は全米に広がりました。しかし、実際に牛乳パックに印刷された写真が役に立ったかどうかは議論の余地があります。確かに役に立った例もあるようですが、多くはないそうです。

行方不明になった子どもの写真を牛乳パックに印刷するのは1980年代の終わりには下火になりました。毎日見る牛乳パックに行方不明の子どもの写真が印刷してあるのは、子どもに恐怖を与えるからよくない、というのが理由の一つです。行方不明になる子どもはマイノリティーが多いのですが、印刷されていた子どもが白人ばかりだったのも問題でした。

動画は、牛乳パックに印刷された写真は人々の意識に子どもの誘拐に対する危機意識を植え付けたのは間違いない、と締めくくられています。人々には恐怖が染みついているのです。

オカルト大集合、あるいは人と人がわかり合うことの難しさ

恐怖のせいでウソでも信じる人ならば、ウソ以上にありえないことも信じてしまいます。たとえば、こんなツイートです。

レプティリアンとは「宇宙人が人間に擬態したヒト型爬虫類」だそうです。完全にオカルトです。

残念ながら、この人に「そうですね、あなたはおかしいですよ」と教えてあげているツイートはありませんでした5。意見の溝が埋まる日は遠そうです。

人は誰でも、自分の思い込みの中に生きています。一つの思い込みにとらわれると、その中から抜け出すのは難しくなります。人と人はどうすればわかり合えるのでしょうか? また、人は自分の思い込みの枠をどうしたら抜けられるのでしょうか?

  1. 貪欲な銀行家と両立できるらしい共産主義(communism)とはどんな思想なのか、気になる。
  2. Qアノンの信念では、拷問された子どもから抽出された物質が若返り薬として使われている、らしい。
  3. 2019年のアメリカの出生数は約375万人。
  4. このツイート。“Orange Hitler”と書かれているのはトランプ前大統領のことだが、なぜオレンジなのかはこちらこちらの記事を参照。

  5. 「全世界」なので、多少はましな数字にはなっているが。
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