2017年に流行したルイス・フォンシ(Luis Fonsi)とダディ・ヤンキー(Daddy Yankee)とジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)の曲“Despacito”の歌詞は英語とスペイン語です。
主にジャスティン・ビーバーが歌うのが英語、ルイス・フォンシとダディ・ヤンキーが歌うのがスペイン語ですが、英語とスペイン語が混ざっているところもあります。たとえば歌の最後の“I can move forever cuando esté contigo”です。“I can move forever”(僕はいつまでも動き続けられる)は英語で“cuando esté contigo”(君と一緒なら)はスペイン語です。
日本語の歌詞に英語、英語の歌詞にフランス語が混ぜてかっこよくするのはよくあることですから、この曲もそうなのでしょうか?
スパングリッシュとは
それよりもっと深い事情がある、とこちらの動画は解説しています。
英語とスペイン語の混ざった言語をスパングリッシュ(Spanglish)あるいはエスパングリッシュ(espanglish)と言います。Spanish/español(スペイン語)とEnglish(英語)を合わせた言葉です。歌だけでなく、ドラマや小説1にもスパングリッシュは出てきます。
スパングリッシュはラテンアメリカから米国に来たスペイン語話者の移民の言語です。米国ではスペイン語圏にルーツを持つ若者の70%がスパングリッシュを話します。以前は「間違った悪い言語」とされることもあったのですが、今ではアイデンティティの証とされています。
スパングリッシュでは英語とスペイン語の単語が単に混ざるだけではありません。英語で話し始めた文が途中からスペイン語になったり、逆になったりするコードスイッチング(code switching, cambio de códigos)が起こります。これは英語とスペイン語に限らず、多言語話者の人が対話しているときによくおこることです。
スパングリッシュの特徴
こちらは米国にもメキシコにも住んだことのあるYouTuber Superhollyの動画です。スパングリッシュの特徴を説明しています。
以前は英語とスペイン語が混ざるのはよくないと思っていたが、今は二つの言語、二つの文化、二つの考え方が出会うときに起こる自然なことだと考えるようになったと語っています。Superhollyによればスパングリッシュの特徴は六つです。
- 単語を別の言語で言う。“My suegra is texting me right now”(義理の母がもうすぐメッセージ送ってくる)などです。よりぴったりした表現がある言語を使います。「義理の母」は英語では“mother-in-law”ですが、スペイン語の“suegra”の方が短くて便利です。
- 句単位で切り替わる(コードスイッチング)。“No estaba lista so me escondi en la parte de atrás pretending I wasn’t there.”(準備ができていなかったので、いないふりをして隠れた)などです2。スペイン語の“entonces”より短いので英語の“so”が使われています。
- 借用表現。“I’ll call you back”(後で電話します)を“te llamo para atrás”などです。英語の“back”には「後で(折り返し)」と「後ろに」の意味がありますが、スペイン語の“para atrás”は「後ろに」の意味しかありません。つまり“te llamo para atrás”は「後ろに電話します」という意味になってしまいますが、スパングリッシュでは“I’ll call you back”と同じ意味になります。
- 造語。“Me estaba stalkeando”(彼は私をストーキングしていた)などです。英語の“stalking”から作った語です。スペイン語にはこれほど「ストーキング」らしい表現はないようです1。
- 似た語を別言語の意味で使う。“Mi perro se orinó en la carpeta”(うちの犬がカーペットにおしっこした)などです。スペイン語の“carpeta”は本来「ファイル」という意味ですが、ここでは英語の“carpet”に影響されて「カーペット」の意味で使っています。
- 固有名詞を元の言語のように発音する。“I’m going to México”(「メヒコに行く」)などです。英語の発音はカタカナ表記の「メキシコ」に近いのですが、スペイン語では「メヒコ」に近くなります。
スパングリッシュはスパングリッシュを使う人の間では落ち着けるが、スペイン語や英語のどちらかしか話さない人の前では適切ではない、スペイン語圏にルーツを持ち米国へ移住した人のアイデンティティの一つがスパングリッシュだ、とまとめています。
言語は生き物です。スパングリッシュ以外にも複数の言語が混ざってできた言語はあります。英語も古英語にノルマン語の要素が入って形成されました。英語が日本語をはじめとする世界各地の言語に影響しているように、スパングリッシュは世界のほかの地域にも影響していくかもしれません。
注
- ジュノ・ディアスの『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』が例として出ている。
- 動画3:59からもっと長い例が紹介されている。