ある日、宝くじが当たって高級住宅街の屋敷に入居することになったら、隣人がとてつもなく意地悪だった……。
Netflixシリーズ『お隣さん戦争(Guerra de Vecinos)』はそんな物語です1。制作国はメキシコ。メキシコのNetflixシリーズといえば『ハウス・オブ・フラワーズ』が有名です。『ハウス・オブ・フラワーズ』の登場人物は富裕層の一家でした。
『お隣さん戦争』は富裕層と貧困層の生活様式の違いと、場違いな高級住宅街にやってきた家族が巻き起こす騒動がテーマです。メキシコは貧富の格差の激しい国です。物語はほとんど高級住宅街の中(しかもその中の二つの家)だけで完結し、「貧困層」の家族も最貧困層というほどではないようなのですが、生活様式の違いに興味をそそられます。
以下、ネタバレがあります。ご注意ください。すでにシーズン2の制作が発表されています。
二つの家庭、二つの文化
物語は二つの家庭の二人の女主人、レオノルとシルビアを軸に進みます。レオノルは三児の母で、高齢の母親とムショ帰りの弟を抱える大家族の主婦です。くじに当たって高級住宅街に住むことになります。物語の始まった時点ではタクシー運転手をしている描写がありますが、その後も様々な副業を編み出します。
シルビアは金持ちの主婦で、ヨガ教室に通い、オーガニック食品にこだわり、スピリチュアル系にハマり、隣に貧困家庭が引っ越してきたことに我慢なりません。
お隣さんですが、二つの家庭の様子はかなり違います。レオノルの家は雑然としていて、シルビアの家はシンプルにまとめられています2。レオノルは副業でタコスを売ろうとする一方、シルビアはカロリーを気にするあまり、家族にタコスを食べさせません3。レオノルはシルビアが運気をあげるためドラを鳴らすのに耐えられませんが、シルビアはレオノルが家の冷蔵庫にぺたぺた磁石を貼っているのに軽蔑を隠せません。
レオノルとシルビアが、インド系南アフリカ人コミュニティを描いた『カンダサミ家のお騒がせライフ:トンデモ家族旅行』のシャンティとジェニファーとそっくりなのも興味深いところです。レオノルとシルビアの体型もシャンティとジェニファーの体型と同じです。肝っ玉母ちゃんは太り、セレブ妻はフィットネスに精を出すのは万国共通なのでしょうか4? 家庭内の対比もそっくりでした5。
登場人物とキャスト
レオノルを演ずるのはバネッサ・バウチェです(1973年生まれ)。
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シルビアを演ずるのはアナ・ライェブスカです(1982年生まれ)。
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二人とも受賞歴もある有名女優です。
ヘナロ(パスカシオ・ロペス)はレオノルの夫。失業しますが、特技のおかげで職を得ます。息子には受けさせたある手術を受けていない模様。趣味は昼ドラ。
エルネスト(マルク・タチェル)はシルビアの夫。広告代理店を経営する富裕層。シルビアに振り回されてばかりいます。ある日寝室でとんでもないことを口走りシルビアの逆鱗に触れます。趣味は昼ドラ。
テレ(エリフェル・トレス)はレオノルとヘナロの長女(第一子)。差別と格差に怒れるGen Z。大体の面倒ごとをレオノルから押しつけられる役回り。
パブロ(アルマンド・サイド)はレオノルとヘナロの長男(第二子)。レオノルに、テレに、クリスタに、と女性たちに振り回されっぱなしの少年。SNSのフォロワー数にご執心。
ジャネット(イサベラ・パトロン)はレオノルとヘナロの次女(第三子)。ませた少女で、家族の騒動をため息交じりに見ています。
ディエゴ(マルコ・レオン)はシルビアとエルネストの長男(第一子)。マーク・ザッカーバーグに憧れて変なビジネスを始めては失敗してばかりいます。そういえばつるっとした顔がマーク・ザッカーバーグに似ています。
クリスタ(ロレト・ペラルタ)はシルビアとエルネストの長女(第二子)。母に愛されていないのではないかと疑っています。なぜか飼い犬と折り合いが悪いようです。
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トマス(クリスティアン・バスケス)は刑務所帰りのレオノルの弟。甥のパブロをかわいがっていて男として大事なことをあれこれ教えてやろうとしますが、刑務所のトラウマがよみがえりがち。
ドロレス(サラ・イサベル・キンテロ)はレオノルとトマスの母。時代遅れのアドバイスをしては娘や孫からあきれられます。
カタ(セシリア・デ・ロス・サントス)はシルビアの家のメイド。家出をしてレオノルの家に転がり込みます。料理も家事全般もそつなくこなし、実はサッカーの戦術にも詳しいスーパーメイド。
なお、個人的にお気に入りの登場人物は、クリスタルです(クリスタに似ているからクリスタル、というひどい命名)。セリフがたまりません。パブロがクリスタルと英語でやりとりする動画を作る場面は屈指の面白シーンなので注目です。本当は登場「人物」ではありませんが……。
メキシコ文化とアメリカ文化
登場人物はメキシコ人なので、みなスペイン語で話します。しかし英語もかなりよく出てきます。
富裕層はたしなみとして英語ができるが、貧困層はできない、というステレオタイプがたびたびストーリーに入ってきています。シルビアがメイドたちは少数民族でスペイン語があまりできないと思っていたり、英語がわからないと思っていたりするのはかなりひどいステレオタイプです。
現代では米国文化の影響を受けない国はありません。しかし特にメキシコはその影響が強く、英語と米国文化への憧れはほとんど強迫的です。
シルビアの目指す生活はアメリカのセレブの生活そのもので、グウィネス・パルトローのGoopさながらです。ディエゴのマーク・ザッカーバーグへの憧れも、アメリカへの憧れに由来しそうです。テレの口から出てくる社会についての発言も、アメリカの進歩的な若者たちとそっくりです。
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米国文化が支配的な世界で暮らす現代人の誰にとっても身につまされる物語でした。ステレオタイプが強すぎる嫌いはありますが、社会にあふれるステレオタイプと偏見そのものに焦点を当てていると言ってもよい6ドラマです。
注
- 英語名は“The War Next-door”。大変紛らわしいことにLos vecinos en guerra(英語名は“Neighbors at War”)という作品もある。
- レオノルの家族はみなインディオやアフリカ系の祖先がいそうな顔立ちをしているが、シルビアの家族はヨーロッパ系の印象が強い。メキシコの庶民と上流層のステレオタイプなのだろうか。
- タコスを食べないメキシコ人がいることに驚いたが、富裕層ではよくあるのか、あり得ないネタなのか判断がつかない。
- シャンティとジェニファーにはレオノルとシルビアほどの階級差はないが。
- 大きな違いは、母親が同居しているのが『お隣さん戦争』ではレオノルの家で、『カンダサミ家』ではジェニファーの家であるところである。『お隣さん戦争』のおばあちゃんは丸々として朗らかで、『カンダサミ家』のおばあちゃんはやせて小言ばかり言っているのもステレオタイプではある。
- 例えば巡礼の青年への対応は偏見そのものが題材になっている。