パンデミックの世相を取り込んだNetflixオリジナルシリーズ『ソーシャルディスタンス』(“Social Distance”)をレビューします。
2020年は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックで、これまで想像もしなかったことがたくさん起こりました。ロックダウン、夜間外出禁止、ソーシャルディスタンス、エッセンシャルワーカー、PCR、接触者追跡……さまざまな耳慣れない言葉も使われるようになりました。
『ソーシャルディスタンス』は外出制限下の人々の生活を描いたオムニバスドラマです。プロデューサーは『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のジェンジ・コーハンです。全8エピソードで各エピソードは別の話です。本記事にはネタバレが含まれます。ご注意ください。
エピソード1:孤独な男
床屋を営む男。ロックダウンで仕事ができなくなり、自宅で目にする生き物は観葉植物だけ。知り合いとFaceTimeで会話しても満たされません。あるとき、Instagramへの投稿に大量のコメントがついていることに気づきますが……
経済的ダメージだけではないダメージを負ってしまった人の物語です。8つのエピソードの中でもっとも静かな物語で、本シリーズの導入になっています。しかし、静かな物語のように見えて、一番救いのないエピソードかもしれません。
主人公のPCのデスクトップ画像に、はっとさせられます。
エピソード2:ある葬式
亡くなった父親の葬式をZoomですることになった家族。操作ミスやZoom bombingなどのトラブルも起こり、きょうだい間の諍いも発生しますが、そんな中、「おじさん」が語り始めたのは……
(2022年11月13日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
離れていても、血がつながっていなくても、家族であるとはどういうことかを考えさせられる物語です。順番に観て、エピソード1は物語にあまり入り込めなかったのですが、エピソード2で引き込まれました。
Zoomの画面で話をしている人以外の映像は小さく表示されますが、彼らがどんな行動をしているのかに注目です。演出家の仕事が大変だっただろうなと思わされます。
エピソード3:二組の母娘
大学教授の娘と難病の母、彼女を介護する介護士の母と小学生の娘。これ以上娘を家で一人にしておけないと言う介護士に、教授はある提案をしますが……
Distanciamento Social 03 x 01#DistanciamientoSocial #SocialDistance #Netflix pic.twitter.com/ePZM9WQJ9C
— Carla (@ShinyaCarla) October 15, 2020
二組の母と娘の関係性に注目です。若いうちは母が幼い娘の行動に心を痛め、歳をとると娘が頑固になった母の言動に頭痛を起こすのは普遍的なようです。
子役が達者でした。ぐるぐる回りながらおしゃべりしたり、勝手に家を出たり、カメラの向こうに手を振ったり。子どもってそういうものですね。
ところで、カメラをオンにした状態で授業中にあんなにやる気がなさそうにする学生がいるのでしょうか? 笑えますが、ちょっとウソっぽい。混乱した教授が学生に「終身在職権持ちだから子どもなんていない」と答えるのが笑えます。
エピソード4:コメディ
いいかげんな男と神経質な男のでこぼこカップル。接客業なので仕事がなくなり家でぶらぶらしているだけのいいかげんな男に、在宅勤務の神経質な男の苛立ちは募ります。刺激を求めて出会い系アプリで見つけたイケメンを家に招待しますが……
深刻な話が多いシリーズの中で、一番気楽なコメディでした。外出制限で知り合いのカップルがヤりまくりらしいと話したり、出会い系アプリのプロフィール写真を大騒ぎしながら決めたり、アプリで近所のおっさんが出てきてげんなりしたり。三人なら試してみたい体位はそれなのか。
(2022年6月12日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
深いストーリーではありませんが、結末も安心できます。
エピソード5:子どもの世界
母親が感染して自宅療養中の三人家族。父親は慣れない子どもの世話に四苦八苦。母親の部屋に入りたがる子どもに父親は一計を案じ……
いま世界中の家庭で起こっていることのように感じられるストーリーです。深刻な状況を子どもにどのように伝えるのかはとても難しい問題です。父親が悲観的なキーワードで検索しまくるシーンは胸が痛くなります。
うんちぶりぶりで飛んでいく葉っぱくんは子どもらしいアイディアです。
エピソード6:正反対の理想像
ICUの医師を続ける妻と、引退した放射線科医の夫。感染を恐れる夫は帰宅した妻を家から締め出しキャンピングカーで寝泊まりさせます。老境にさしかかった二人が思い描く理想の生活にずれがあることが明らかになり……
学生時代から40年連れ添った熟年夫婦の危機です。こんなに性格が違っているならなぜ40年も一緒にいられたのだろうとも思いますが、二人とも忙しくしている間は気づかずいられるものです。
最後のシーンで妻が車にあるものを積み込みます。これは夫婦の今後を暗示しているのでしょうか。不安な印象が残ります。
エピソード7:ティーンのリアル
オンラインゲームでチームを作って遊んでいる少年少女。主人公の少女は片思いをしていた少年と両思いだったことがわかり、オンラインデートをしますが、彼のSNS投稿を見てみると……
(2023年11月5日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
Overwatch、Snapchat、Discord、VRChat1、Instagramと様々なソフトやメディアが登場する現代のティーンの日常です。最後の5分で今年の米国を象徴するテーマが提示されます。ここで各エピソードの冒頭に日付が表示される意味がわかります。
ラストシーンの締め方は少し不満が残ります。最後のエピソードにつなぐために必要だったのでしょうが、投げっぱなしの印象です。
エピソード8:デモと日常
小さなイベント会社の社長と彼に雇われている青年。数か月ぶりに仕事が入った日ですが、人種差別に抗議するデモに参加したくて早退を申し出る青年に社長は……
抗議の声を上げることと静かに仕事をし続けること。既成秩序の打破を主張することと生活の基盤を守り続けること。難しい問題で二人が安易に歩み寄らない結末だったのは好感が持てました。それでも、希望は感じさせます。
それは、このエピソードだけ完全に屋外が舞台になっているからでしょうか2。青空が印象的です。
オートフォーカスが揺らぐ演出が数回ありましたが、意味するところがわかりませんでした。
総評
医療従事者、エッセンシャルワーカー、失業者、親子、高齢者、さまざまなマイノリティーなど、社会のあらゆる人をバランスよく配置しようと工夫を凝らした様子が見られます。流行のキーワードから関心を集めた社会問題まで、今年前半の社会の動きが存分に取り込まれています。感染への不安や新しい生活形態への違和感も描かれていました。それぞれのエピソードは誰かの実体験に基づいていそうな物語です。
ZoomやFaceTimeなどの映像、さらに監視カメラなどの固定カメラの映像が多く、デジタル時代的なリアリティーがあります。Zoomミーティングをしながら別のチャットをしているシーンも、あるある感があります。
一方で、新しいだけではなく、固定カメラによる映像には舞台のような印象を与える効果もありました。静かな会話劇のように見えるエピソードもあります。舞台の上では何も起こりません。外の世界では何か大変なことが起こっていたはずですが、スポットライトはあくまで舞台上のごくわずかな人物だけを照らします。
しかし各人の部屋のインテリアが素敵すぎ、こんなにきれいな家ばかりではないだろうと思わされます3。ネット環境が整っていない家庭もあるはずですが、オンラインの世界を中心に描くという枠のせいで取り上げられていないのも気になります。
また、米国ではコロナ懐疑論者やマスク反対論者は少なくないはずですが、一瞬だけ反ロックダウンデモの話題が出た以外は言及されませんでした。これも枠の限界かもしれません。パンデミック下の世界を描ききったとは言えないでしょう。
佳作ですが、あまりにも2020年のある一定の社会集団に焦点を当て過ぎていて、数年後には意味不明になっている部分もありそうです(トイレットペーパーとかZoom bombingとかboomer removerとか)。観るなら年内がおすすめです。
おまけ:実は家族です。
制作の裏側を語る動画です。セットで撮影ができないので、演者自らカメラや照明を設置して演技を行ったそうです。監督も慣れないリモートの演技指導に苦闘したと話しています。
オーディションが行えなかったので、出演できる場所に住んでいる条件に合った人に演じてもらったそうです。そのため、親子共演がたくさんあります。
エピソード2ではダフネ・ルービン=ヴェガと夫と息子が共演しています。
エピソード3ではダニエル・ブルックスと実の母御が共演しています。
(2023年9月24日:削除されたInstagram投稿をキャプチャ画像で置き換えました。)
エピソード5ではピーター・スカナヴィーノと実の息子が共演しています。
Time to bring back these cute photos of Peter’s family to brighten up your weekend! ?? #peterscanavino pic.twitter.com/b90v03v6nL
— Carisicrush ?️? (@carisicrush) September 25, 2020
エピソード6ではディランとベッキー・アンのベイカー夫妻が共演しています。二人は30年来の夫婦です。
(2022年4月3日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
エピソード8はアサンティ・ブラックと父御が共演しています。
(2020年10月31日:削除されたInstagram投稿をキャプチャ画像で置き換えました。)
注
- 主人公が最初に選んだアバターはチルノか。
- 他のエピソードではエピソード6を除いて屋外は全く出てこない。
- 以下に書いた事情から、俳優の自宅が撮影場所になっている可能性があり、それがおしゃれすぎる理由かもしれない。そうだとすると、この点にはあまり立ち入るべきではないのか。