テキサス州ダラスで「神と国家のために:愛国者の集会(For God and Country: Patriot Round-Up)」が2021年5月28日から31日まで開催されていました。一風変わった名前の集会です。
参加費は約30万円($3000)で、会場のホテルに宿泊するためにはさらに約10万円($1000)を払わないといけません。実に高額です。この集会では高度な技能や特殊な経験が得られるのでしょうか? 一体どのような集会なのでしょう?
参加者の一人、ジュディさんの話を聞いてみましょう。
おわかりでしょうか? これはQアノン信者の集会なのです。今回は、YouTuberのアンドリュー・キャラハン(Andrew Callaghan)がQアノン信者の方々に取材をしている動画を紹介します。
以下の内容はこちらの動画に基づいています。
アンドリューの取材
アンドリューはビッグフットハンターに同行してメスゴリラのフェロモンを嗅がせてもらい、ポ☆ノで『絵文字の国のジーン』が大好きな寝取られ男を演じ、ナンパ師養成講座に集うモテない男たちに突撃取材する、YouTubeジャーナリストです。奇人・変人の集う場で参加者の率直かつナチュラルに変な言動1を引き出す力に定評があります。
今回、アンドリューが取材対象に選んだのがQアノンの集会でした。これまでもトランプジュニアのサイン会や地球平面論者の会合でも取材してきた彼の得意分野です。
Qアノンの面々
アンドリューに促されるままに止めどなく語り続けるジュディさんの話の続きを聞いてみましょう。
ジュディさんは長年の日焼けが祟り1、実年齢より老けてしまっているのではないかと思われる顔で笑いながら語っています。実にイイ笑顔です。ジュディさんの笑顔がサムネですので、どうぞ上の動画サムネをもう一度ごらんください。
元軍人のミッキーさんはこう語ります。
FacebookやTwitterは最近フェイクニュース対策に力を入れ、特に2021年1月6日の国会議事堂乱入事件の直後には多くのアカウントが停止されました。「Qの旗やQの自家用車やQの衣装」ではなく、危険な主張がアカウント停止の理由だと思われます。現に、ミッキーさんを含む多くの取材対象がQの衣装をつけているこの動画も消されていません1。不思議な勘違いがあるようです。
ボディ・ビルダーのクリス・エリックス(Chris Eryx)さんは、こう話します。
反マスク・反ワクチン・アポロ計画陰謀論・ホロコースト否定論・ユダヤ陰謀論と、「陰謀論全部入り」です。クリスさんはYouTubeチャンネル「FLEX THE TRUTH 1」の司会者です。まだYouTubeチャンネルは停止されていないようですが、風前の灯火かもしれません。
参加者は皆、SNSのアカウントを凍結されたことがあります。ジャクリンさんは「Facebook、Instagram、Twitter、TikTokのアカウントが削除されたわ」と話しています。ジャクリンさんはジョー・バイデン大統領の娘の日記を読み上げる投稿をしていたそうです。……これだけ聞くと無害そうですが、そうでもありません。この「日記」は大統領の不適切な行動が記されているという触れ込みですが、おそらくでっち上げだとされています。アカウントが凍結されたのはそのせいでしょう。
ジェイソン・フランク(Jason Frank)さんは「2つのYouTubeチャンネル、3つのTwitterアカウント、4つのFacebookアカウントを消された。ピザゲートについて投稿していたからさ。俺らはユダヤ人のように迫害されている。電子的に黙らせようとしているんだ。」と話しています。
ピザゲートは2016年に出てきた陰謀論です。アカウントの凍結は不可避でしょうが、本人は納得できない様子です。「迫害されたユダヤ人」の主張とホロコースト否定論とが参加者の間に混在しているのも不思議です。
元YouTuberのレッドピル78(Redpill 78)さんは語ります。
ラップトップ事件とはバイデン大統領の息子のPCから児童虐待の証拠が見つかったとする主張です。完全なフェイクニュースです。
レッドピル78さんの情報源は、ランブル(Rumble)、ビットシュート(BitChute)、ディーライブ(Dlive)、Twitch、フォックス・ホール(Foxhole)、ピルド(Pilled)、クラウトハブ(CloutHub)、ピュアソーシャルTV(PureSocialTV)だそうです。いずれもトランプ支持者などの人々が集まり、主流のSNSやメディアではアカウントを凍結されてしまう主張をするメディアです(オルトテック)。
彼の「レッドピル」という名前の由来は映画『マトリックス』です。「レッドピル(赤い錠剤)を飲む」は「真実に目覚める」を意味します。Qアノンなどの陰謀論にはまってしまった人が自称することが多い言葉です。赤い錠剤を飲んで信じてたどり着いた真実が「PCから発見された大量の児童ポ☆ノ」だったとは、残念な話です。
作家エバン・セイエット(Evan Sayet)さんは、「ユダヤ人迫害のように、我々の思想は電子的に迫害されている。(社会問題に敏感な)Wokeな人よ、目を覚ましなさい! ネットを支配している奴らは、情報戦で我々を強制的にゲットーに住まわせようとしているんだ。」と話しています。エバンさんの代表的な著書は「The Woke Supremacy(ウォーク至上主義者)」です。
奇妙な自信
アンドリューが集会参加者の取材をしていると、会場の外で「プリンスは暗殺された! 大統領選挙の結果は不正だ! ヒラリー・クリントンは小児■愛者で子どもを暴行して人肉を食べている!」と話す人々が現れます。どれもまともな主張ではありません。アンドリューはもちろん彼らにも取材しています。彼らによれば、プリンスの暗殺は数学的水準で証明された(proven it by mathematical standards)のだそうです。数学的水準とはどのような意味かわかりませんが、すごい証明のようです。その自信はどこから来るのでしょう?
「リンキン・パークのメインボーカルチェスター・ベニントンとクリス・コーネルはヒラリー・クリントンが小児■愛者だと告発しようとして暗殺された。ジェフリー・エプスタインはラッパーのニプシー・ハッスルの暗殺に関与している。ニプシー・ハッスルは私の守護霊なの。」と話しています。これらの情報は、すべて霊界からのお告げで得たそうです。要するに、根拠がありません。
チェスター・ベニントンとクリス・コーネルは自ら命を絶ったので、この手の陰謀論のネタになるのもまだわかりますが4、個人的トラブルが原因で殺されたと報道されているニプシー・ハッスルが出てくる理由は謎です。さすがのアンドリューもニプシー・ハッスルの暗殺の話題で「え?」と聞き直しています。
イベント主催者は?
「神と国家のために:愛国者の集会」を主催したのは、界隈ではQアノン・ジョン(QAnon John) の異名を持つジョン・セバル(John Sabal)と妻のエイミーでした。
ブレイス・ベルデン(Brace Belden)はQアノン信者をこのように説明しています。
「神と国家のために:愛国者の集会」に登壇していた元国家安全保障問題担当大統領補佐官マイケル・フリンやシドニー・パウエルは頑なにQとの関与を否定しています。フリンは家族とQアノン信者の合い言葉“Where we go one, we go all”を宣誓している動画がある上に、パウエルがイベントで着用しているバイカージャケットにはQの刺繍が入っています。なぜ無理のあるごまかしをするのでしょうか?
正気と狂気の境目
Qアノン信者は大手メディアを信頼していない人が多いため、取材が成立しにくく、実像は十分に報じられていません。しかしアンドリューはうまく彼らの声を引き出しています。
動画を視聴すると、彼らは一様に途方もない考えにはまってしまった人々という印象を受けます。特に印象づけられるのは、彼らの確信の強さです1。そこに危うさがあります。
完全に正気の人などいません。誰しも少しずつ頭がおかしく、「自分は絶対に間違っていない。これこそ人生の真実だ。」と確信を持ったときこそ頭がおかしくなっているのでしょう。おかしくならないためには、自分の考えが偏っていないか、たまに問いかけてみるべきなのかもしれません。
絶対に自分たちは正しいのだ、と主張する参加者たちのおかしさは、自分を疑う力の乏しさから来ているようです。家族に縁を切られても後悔していないと断言するジュディさんの「イイ笑顔」から私たちが学ぶべきなのは、そのことなのでしょう。
Image: Antes De Que Fueran Famosos
注
- 明らかに放送禁止な言動も多い。
- 「神はそれを望みたもう(Deus vult)」はオルタナ右翼がよく使う言葉。
- 『ホーキー・ポーキー』は英語圏ではよく知られた子どもの歌で、歌いながらダンスをする。同じ名前のアイスクリームもある。ワクチン接種を指す用語「ファウチー・アウチー(fauci ouchie)」ともかけている。
- 余談だが、クリス・コーネルのウィキペディアページに「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に選ばれたとあり、笑ってしまった。『Q』は1986年に創刊されたイギリスの音楽雑誌で、Qアノンとは何の関係もない。