カルト教団が終末の日に備え武器を集め、施設に立てこもるも治安機関の襲撃を受け壊滅する──ときに世間の耳目を驚かせ、新聞の一面を飾り、遠からず忘れられてしまう事件です。
その中でも印象的な事件、ブランチ・ダビディアンのウェーコ包囲が事件から30年の節目にNetflixでドキュメンタリーシリーズになりました。
本記事ではこの事件を取り上げた『ウェーコ事件: アメリカに訪れた終末の日』をレビューします。このシリーズを観れば、この事件はアメリカすぎる事件だとわかります。
事の起こり
そのカルト教団、ブランチ・ダビディアンは、テキサス州ウェーコに本拠地を構え、信者たちはそこで共同生活を送っていました。ブランチ・ダビディアンは新興宗教セブンスデー・アドベンチストからさらに出た一分派なのですが、このあたりの事情にはこのシリーズは深入りしません。
ドキュメンタリーは教団が銃や弾薬を集めているという情報を得たATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)が教団施設を急襲し、施設を捜索、教祖と信者を逮捕しようと乗り込むところから始まります。1993年2月28日でした。
信者たちの応戦によって捜索は失敗し、ATFは死傷者を出して撤退します。代わりにFBIが事態の収拾にあたることになりました。そこから、長い包囲が始まりました。
ドキュメンタリーの構成
ATFの捜査官、FBIの交渉人、狙撃手、当日たまたまその場にいたテレビクルー、事件を追い続ける新聞記者、教祖の代理人となった弁護士、信者、その母親、そして当時施設にいた子どものインタビューをつなぎ合わせてこのドキュメンタリーは構成されています。
録音されていた電話でのやりとりやテレビの映像に映った自分の姿に言葉を詰まらせる様子は胸に迫るものがあります。
ドキュメンタリーは新事実を明らかにしているわけではありませんが、インタビュー、当時のテレビ映像、施設とFBI交渉人の電話でのやりとり、再現映像を違和感なく組み合わせた手堅い作りです。
押しつけがましいところはなく、あくまで現場にいた本人たちの口から何が起こったのかを語らせる手法には説得力があります。いまだに信者が感動をもって教祖との関わりを語る信者1の姿からは、信仰心と思い込みがいかに人に強い影響を与えるかが印象づけられ、いまだにFBIの元職員が別のチームの独断専行を非難する様子からは、FBI内部での路線対立や軋轢が惨劇の一因になったことが浮き彫りになります。
包囲、そして結末
そして包囲は最後の瞬間を迎え、FBIの調達した戦車が施設へ突撃し、施設から火の手が上がり、教団が集めた弾薬が誘爆し、燃えさかる施設内から放たれた弾丸が狙撃手の顔をかすめ、聖書の燃えかすが空を舞い、憲法修正第4条が焼け残る2──これは極めてアメリカ的な終末です。
副題が「アメリカに訪れた終末の日」(原題“American Apocalypse”)となっている理由はそこにあります。およそ2年後に日本でカルト教団が起こした事件およびその結末と比べると、彼我の違いが際立ちます。
結果として多数の子どもを含む82人の信者が死亡しました。1993年4月19日、51日の包囲の末の結末でした。
惨劇のその後から現在へ
ドキュメンタリーは、ちょうど2年後の1995年4月19日にオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件を起こすことになるティモシー・マクベイがウェーコに来ていたことにも触れています。
オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件は政府への抗議として計画されたものでした。一部の人々はウェーコ事件を、危険なカルト教団の政府による(不手際な)取り締まりとは見ず、自由を求める人々への政府による(不当な)弾圧と見なしたのです。
事件から30年となった2023年3月に公開されたこのドキュメンタリーシリーズは、現在の政治状況とも意外なほどに通底しています。
2023年3月25日、トランプ元大統領は事件のあったテキサス州ウェーコで集会を行い、2024年の大統領選挙への動きを本格化させました。保守派にとっては、象徴的な場所から出発したことになるとUSA Todayは分析しています。
銃規制に反対し、連邦政府の権限の縮小を主張し、キリスト教に基づく社会の構築を目指す保守派にとって、ウェーコは連邦政府への抵抗の象徴となる土地なのです。
自分たちの信仰だけを求めて新大陸に渡り、本国の政府と戦い、現地民を駆逐し、奴隷を使役し、神と自分だけを信じて武装したアメリカの原風景が、独立戦争や南北戦争ははるか遠い昔になっても、ウェーコ事件とその30年後の現在まで影を落としていることが実感できます。
敵に囲まれているという切実な感覚は、おそらく今も残っているのでしょう。それがブランチ・ダビディアンへの共感となり、トランプ陣営の選挙運動の起爆剤ともなったと読み解けます。
このドキュメンタリーシリーズは、外からはうかがい知ることが難しい、アメリカ文化の一つの大きな源流を、生々しい肉声とともに実感できる優れた入門編です。
銃撃戦の出てくるドキュメンタリーは重すぎる、気楽なリアリティ番組がいい!という方は、アメリカすぎるNetflixシリーズその1をごらんください!