ロシア軍がウクライナの侵略を開始してから1か月あまりが経ちました。
今回の戦争がメディア・SNSを巻き込む戦争であることはよく指摘されています。ウクライナとロシアの双方がSNSで「戦果」を宣伝し、「敵軍の卑劣な行為」を告発し合っています。SNS上での支持を増やすためのもう一つの戦争を戦っているかのようです。
これは政治・軍事がSNSに流入するというだけでなく、その逆も含まれます。SNSの流行が現実政治に影響を及ぼしているのです。
プーチン大統領が「キャンセルカルチャー」に言及しました。この記事ではロシアのウクライナ侵攻を巡る「キャンセル」について取り上げます。
プーチン「キャンセルやめて」
TMZの報道です。プーチン大統領が「J・K・ローリングをキャンセルしたように西側諸国はロシアをキャンセルしようとしている」と発言しました1。
Vladimir Putin compared himself to JK Rowling, saying cancel culture has taken over his country — and Rowling responded. https://t.co/XRSbaO3OmB
— TMZ (@TMZ) March 26, 2022
キャンセル(cancel)やキャンセルカルチャー(cancel culture)は2010年代後半から目立つようになりました。不適切な発言や行動をとがめられ、バッシングされることがキャンセル、キャンセルをしたがる風潮がキャンセルカルチャーです。キャンセルという用語の説明は本サイトのこちらの記事、キャンセルカルチャーについては本サイトのこちらの記事をごらんください。
J・K・ローリングは世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズの作者ですが、トランスジェンダーに対する配慮が足りない発言で批判され、「キャンセル」されたことがあります。
プーチン君の発言はこれを受けてさました。プーチン君はどうやらロシアをキャンセルしないでくださいと言いたいようです。
世間では「キャンセルカルチャーはクソ」と発言する人たちは大抵、「この程度で目くじらを立てなくてもいいじゃん」という立場です。これは場合によってはもっともなこともあります。しかし、数千の一般市民が死傷し、数百万人が国外に避難する事態はどうひいき目に見ても「この程度」ではありません。プーチン君は誰を味方につけるつもりなのでしょうか。
このニュースを見たJ・K・ローリングは、一緒にするなとばかりにこのようなツイートをしています。
Critiques of Western cancel culture are possibly not best made by those currently slaughtering civilians for the crime of resistance, or who jail and poison their critics. #IStandWithUkraine https://t.co/aNItgc5aiW
— J.K. Rowling (@jk_rowling) March 25, 2022
遡ること1か月、ロシア軍がウクライナに侵攻した直後、西側諸国が直ちに制裁措置を検討し始めたことを受けて、一部のYouTuberがこれはキャンセルだ!と叫んでいました。こちらはDramaAlertの「ロシアがキャンセルされた!」という動画です。
このときはこれはただの不謹慎な冗談でしかなかったのですが、どうやら冗談が現実になりつつあるようです。こんな冗談も投稿されていますが、これが冗談なのか、本気なのか区別がつかなくなってきています。
WATCH: Vladimir Putin says that Ukraine is “corncobbing” and that the West is “coping and seething” while Russia goes “full gigachad.” pic.twitter.com/dwqGfp54Tj
— The Boston Strategizer (Tone Setter) (@doulbedoink) March 25, 2022
それにしてもプーチン君が英語圏のネット由来の用語「キャンセルカルチャー」を使うとは驚きです。一瞬、フェイクニュースに見えますが、ロシアのメディアも報道しています3。大惨事を引き起こしておいてどうしてこんなしょうもない話をするのでしょうか……?
実際キャンセルされるロシア
事実、ロシアはキャンセルされつつあります。
ニューヨークのメトロポリタン・オペラは、世界的ソプラノ歌手のアナ・ネトレプコ(Анна Юрьевна Нетребко)にプーチン大統領を公然と批判することを要求し、この歌姫が拒絶するとウクライナ人歌手へのキャスト交代を発表しました。
アナ・ネトレプコは開戦直後に、戦争と暴力に反対することをInstagram上で表明していましたが、ロシアやプーチン政権への明確な批判はしていませんでした。アーティストが政治に対してどのようなスタンスをとるべきかは難しい問題です。アナ・ネトレプコも同じくInstagram上で、政治的立場の表明をアーティストに要求しないでほしいと述べていました2。
しかし一方で、メトロポリタン・オペラにも出演者を自由に決める権利があります2。メトロポリタン・オペラはロシアに抗議し、ウクライナに連帯するため、ウクライナ国歌を演奏し、公開しています4。
その他、スポーツの国際大会などでロシア人選手の出場が制限される例が増えているようです。政治家の行為を理由に一国民にペナルティを与えるのは不当な差別なのでしょうか? それとも、不正な命令に唯々諾々と従うのは罰せられるべき過ちなのでしょうか? 落としどころががどこになるのかはまだわかりません。
この発言のもう一つの衝撃
英語圏のネット由来の用語「キャンセルカルチャー」にロシアの独裁者が言及したのも衝撃ですが、プーチン君がJ・K・ローリングを知っていたのも衝撃です。独裁者が児童書の作者の名前を出してしまうのも衝撃です。
ひょっとして、情報機関を使って出版前の原稿を入手させて子どものプレゼントにしたりしていたのでは……。プーチン君には愛人との間に隠し子が複数いるようなので、そんな空想もしてしまいます。プラダは着ていないと思いますが、プーチン君の部下への扱いはアナ・ウィンターミランダ・プリーストリー以上に過酷でしょう2。
もはや古い考え方かもしれませんが、国家指導者には大きく構えて、児童書の作者など市井の些事は知らないふりをしていてもらいたいものです。イスラエル首相のネタニヤフ君がイランの核計画についてのプレゼンを自らしていたとき以来の衝撃です。
スティーブ・ジョブズのマネはやめろ。
PSYのコスプレにしか見えない彼はほっておいてあげましょう……。
プーチン君の忠犬、その1
ついでですので、ラムザン・カディロフ君をご紹介します。第3代チェチェン共和国首長です。2007年以来、権力の座にあります。
御年45歳、いかついヒゲ面の人物です。
何この「テトリスに夢中で20年ぶりに部屋から出てきたら中年になっていた男」みたいな顔。
プラダの靴がお気に入りで、TikTokやTelegramに盛んに動画を投稿している「インフルエンサー」です。先日はウクライナに来たよ!と投稿していましたが、動画に怪しいところがあり、実はビビリなのでウクライナ入りできていないのではないかとも指摘されていました。ロシアのペスコフ大統領報道官もこの事実を否定しています。旅行したかも?というだけで話題になるとは、TikTokスターのダミリオ家みたいです。人気インフルエンサーまであと一歩ですね!
こちらのツイートで彼の投稿した動画を見られます。
(2022年5月15日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
チェチェン共和国内では独裁的な権力を掌握し、反対派を「消して」いるともっぱらの評判です。そのせいか、ボクシングの試合に出た息子が押されまくっていたのに判定勝ちになるという変な動画も出回っています。
Dejiとどっちが強いかな。この子がハリー・ポッターの出版前の原稿をプレゼントしてもらったことがあるとは報道されていません。……親がプラダの靴を履いているからといって、決めつけはいけませんね。
TikTokに動画を投稿し、インフルエンサーになりたがり、プラダを愛用するにもかかわらず、長いヒゲを蓄え、我が軍は全ヨーロッパを征服する2と大言壮語する政治指導者にしてプーチンの忠犬の四十男という人物像は、欧米や日本の文化の尺度からは異様でしかありません。しかし、チェチェン共和国では許容されているようです。多分、ロシア連邦でも。欧米や日本はまだこの人物像を受け入れられるほど進歩していないのでしょう、きっと。カディロフ君の部隊に征服されたら意味がわかるようになるのでしょうか?
ところで、この全ヨーロッパを征服するはずの部隊を率いていたお友達がウクライナで死んじゃったという話があるのですが、どうなんでしょう?
プーチン君の忠犬、その2
プーチンの忠犬カディロフ君の話のついでに、プーチンの忠犬その2のルカシェンコ君も紹介しておきたいと思います。
ご存じ、ベラルーシの大統領でヨーロッパ最後の独裁者と言われる人物ですが、先日こんな映像を公開していました。
軍の高官たちを集めて、ウクライナ侵攻の作戦計画をプレゼン中のようです……が、おかしなところばかりです。
- なぜ、機密のはずの会議をわざわざ放送させるのか。
- なぜ、軍人が大統領に作戦をプレゼンするのではなく、その逆なのか。
- なぜ、高官たちは一様に浮かない顔をしているのか。
- なぜ、今時プロジェクタも大型ディスプレイも使わず、紙なのか。
- なぜ、冗談みたいに長いテーブルに部下を並ばせるところまでプーチンのまねをするのか。
ベラルーシ軍はロシア軍とともにウクライナに侵攻するという観測がありましたが、今のところ侵攻してはいないようです。今後どうなるかは不明ですが、ルカシェンコ君は、「ベラルーシ軍はウクライナに侵攻しない。ロシア軍より人数は少なく装備も悪いし、そもそも装備は全部ロシアから買ってる。何もできることがない。」と発言しています。一見、援軍を断る理由としてもっともな理屈ですが、よく考えると変な話です。
その後、ベラルーシ軍は国内をウクライナ国境に向かって移動したり、止まったり、もたもたし続けているようです。ルカシェンコ君の不思議な理屈と高官たちの浮かない顔を見ると、理由はわからなくもありません。
プーチン君にはろくな味方がいません。キャンセルカルチャーにお門違いの批判をしたくなるのも無理もありません。理想的なママがいればよかったのでしょうか?
最後に一言
英国に拠点を置くコンサルタント会社Lynn PRは、ロシア軍のウクライナ侵攻を受けて「プーチンのプロパガンダと戦う」と題したパンフレットを発表しました。ご一読をおすすめします。このパンフレットにはロシアのプロパガンダへの有効な対抗手段として、「プーチン大統領およびその支配体制を笑いものにすること」が挙げられています。本記事はこの精神に基づいて作成されたものです。
Image: Пресс-служба Президента Российской Федерации