YouTuberのピーター・サンテネロ(Peter Santenello)の動画が話題になっています。
ピーターはバーモント州出身の起業家、動画クリエイターです(YouTube登録者数208万人)。ウクライナの田舎に移住して現地の人々と交流したり、超正統派のユダヤ教徒と交流したりする動画を投稿しています。これまで彼が訪れた国は85か国です。
動画撮影を本格的に始めたのは「いわゆる中年の危機で、怒りんぼの中年おじさんになりたくなかったから」と明かしています。
ピーターは『貧民街に行ってきた』『ラスベガスの娼婦に話を聞く』など論議を呼ぶ題材を取り上げることもありますが、その理由として「国境管理についてCNNが扱うとき内容の予想がつく。同じようにFOXが国境管理について報じるとき内容の予想がつく。こんなに知的に怠慢なことってあるだろうか」と話しています1。
動画を見れば誰しも意見を述べたくなるような題材を扱っていますが、ピーターが政治的な意見を表明することはありません。露骨なバイアスが入る様子はなく、たんたんと地域の人々の意見を動画にしています。
今回は炭鉱の町として栄え、時代の変化とともに衰退したウェストバージニア州マーサー郡、マクドウェル郡、バージニア州グランディ市などを巡りケンタッキー州に向かうまでに出会った人々の話を紹介しています。人口は減少の一途をたどり、アメリカの社会問題のほとんどすべてを抱えているこの地域(アパラチア)に暮らす人々の声です。
ウェストバージニア州の抱える課題
マクドウェル郡の平均世帯年収は$25,600(約360万円)だとピーターは紹介しています(全米平均は2021年の推定で$70,800)。かつては炭鉱の町として知られ、10万人が暮らしたこともありましたが、今ではおよそ2万人まで減ってしまいました。
電気モーターの修理工をしていたマクドウェル郡在住のフレッドさん(77歳)は「ここは良いところだ。住民みんなで仲良く暮らしている。2001年ここは洪水被害に遭ったが、隣町の看護師が車で立ち往生していたから、救助に行って自宅に泊めてあげた。ここに住んでる人は勤勉。」と語っています。しかし一方で「ほとんどの若者はどこかへ移住してしまったが、残っている若者は薬物依存になっている。」とも明かしています。
貧困と薬物依存に苦しめられている地域であることは住民自身が語っています。フードスタンプ(補足栄養支援プログラム)で食品を購入する人、政府から何らかの支援を受けている人が半数という町の人の声も紹介されています。
移動中にウォルマートの跡地に立ち寄っています。ピーターはフード・デザート問題(food desertは訳すと「食の砂漠」で、日本でいう「買い物難民問題」)が起こっていることも指摘しています。ウォルマートが進出し、地元商店はことごとく潰れ、その後不採算でウォルマートが撤退し、人々が取り残されました。
かつて炭鉱労働者は会社から独自通貨で賃金を受け取っていました。会社指定のお店で食料や服などの生活必需品を買うのですが、独自通貨は正規の法定通貨ではないので、労働者は旅行には行けなかったそうです2。
ピーターはバージニア州でも撮影しています。バイトをしている23歳の女性は「高校の同級生の半分は労働者階級と言えるかな。高校の親友は今、薬物で刑務所に入ってる。フェンタニル依存は深刻な問題。私は親戚の中で初めて大学を卒業するの。」と話しています。
川魚を釣って遊んでいる青年たちに話を聞いています。1人の青年は4年間の奨学金を得て学ぶそうです。うち2年間はロンドンに留学に行くことも明かしています。彼は「アパラチアがただの炭鉱と薬物問題を抱える所だと思って欲しくない。歴史や文化があり人々は素晴らしい。誇りをもってほしい。」と話しています3。
湧き上がる議論
動画ではウェストバージニア州とバージニア州の豊かな自然が映し出されています。アメリカの原風景ともいえそうな光景で、ひたすら寂れた街の風景が映し出されているだけですが、美しく感じます。
人々の声からは助け合いのコミュニティが生き残っていることがわかります。他方、異口同音に身の回りで薬物依存の人々の割合が高いと語っています。貧困問題と薬物問題を抱え、ニュースによく出てくる知名度が高い地域ですが、そこで生活する人々の生の声を聞くことは少なく、貴重な動画です。奇をてらわずそこに暮らす人々の語りに耳を傾けるピーターの技量がこの動画を価値のあるものにしています。
再生回数は執筆時点で1200万回で、これまでのピーターの動画の中でもかなり高い方です。登録者数も着実に伸ばしてきたものの、この一ヶ月で急加速しています。Twitchストリーマーのハサン・パイカー(Hasan Piker)が取り上げ、Redditでも話題になっています。
米国で社会的に注目が集まっている題材であるためか、議論が沸騰しています。ピーターのSNSコメント欄には、脱石炭を推進した民主党が悪い、貧困問題を放置した共和党が悪い、その土地に留まっている人が悪い……などの意見から、大手メディアがこれまでしてこなかった方法で人々の声を紹介しているピーターを褒める意見まで投稿されています。
コメント欄が問題視しているのはCNNやFOXなどの大手メディアがこの地域の人々を視聴率を集めるための「ニュースのネタ」としか扱っていなかったことです。ふだん大手メディアが取り上げない人々を茶化し半分で取り上げていたアンドリュー・キャラハンのChannel 5ですら真摯なジャーナリズムだとファンは呼んでしまうぐらいなので、メディア不信が根深いことがよくわかります。しかし大手メディアと同様に、コメントをしている視聴者たちも自分の政治的主張のために彼らを使っているようにも見えます。
地域の住民がニュースや統計の数字ではなく一人一人の人間なのだとわかります。住民にとって必要な対策がなされるとよいのですが、それが何なのかは合意を得るのは難しいだろうことも動画から感じ取れます。
コミュニティで支え合うのは素晴らしいことですが、それは公的な仕組みが乏しく、公的な仕組みを作る機運も乏しいことの裏返しでもあります。産業が衰退した後に住み続ける人々には何が必要なのか考えさせられます。