Oliver Anthonyの曲に何を感じるかはアメリカのリトマス紙Rich Men North Of Richmond

社会・政治

2023年8月。米国の楽曲チャートに新星が出現しました。ビルボード・ホット100に一度もランク入りしたことなく、いきなり1位をとる史上初の快挙です。

アーティストはオリバー・アンソニー(Oliver Anthony)、本名Christopher Anthony Lunsford。芸名は祖父の名前からとりました。1992年生まれでヴァージニア州出身、カントリー歌手です。

1位になった曲は“Rich Men North Of Richmond”(『リッチモンドの北の金持ち』)。2023年8月9日に投稿されたこちらの動画で人気に火がつきました。

Oliver Anthony – Rich Men North Of Richmond

ビルボード以外でも、YouTubeでも一時はミュージックビデオ人気1位となり、SpotifyやiTunesでもランク入りしています。

しかし、この曲を巡って、政治的な論争が発生し、曲は共和党の大統領候補者討論会でも論題になり、アーティスト本人も渦中に巻き込まれています。一体、なにがあったのでしょう?

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歌詞

オリバー・アンソニーが一人でギターの弾き語りをする曲です。一日中、低賃金で働かされ、人生を棒に振らされている、リッチモンドの北の金持ちどもに税金として持って行かれる、こんな世の中でいいはずがない、という内容です。社会派の、胸に迫る歌詞です。

オリバー・アンソニーは17歳で高校を中退し、その後、高校修了認定(GED)を得ています。工場で働き、時給$14.50で週6日働く生活に苦しみ、仕事中に頭部に怪我を負い、地元に帰りました。最近までは製造業の営業職についていました。その生活経験が歌詞に反映されています。

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曲名の「リッチモンドの北の金持ち」とは誰のことでしょう? 「リッチモンドの北」はヴァージニア州リッチモンドの北100マイル(約160キロ)にある、米国の政治の中枢ワシントンDCだと思われます。「リッチモンドの北の金持ち」とはワシントンDCにいる政治家やその取り巻きです。彼らに対する批判が歌詞に込められています。

歌詞には特に注目の集まったところが二つありました。

一つは「政治家には炭鉱労働者(miner)に注意を払ってもらいたい、どこかの島の未成年(minor)だけじゃなく。」という一節です。ヴァージニア州がその一部であるアパラチア地方はかつては炭鉱業で栄えましたが、その衰退とともに急速に貧しくなりました(こちらの記事をごらんください)。「どこかの島」とはエプスタイン島のことだと解釈されています。エプスタイン島には政治家や企業経営者、つまり「リッチモンドの北の金持ち」が多数滞在していたことがわかっています(記事)。

もう一つは「通りには食べるものがない人もいるし、生活保護で肥え太った人もいる。5フィート3インチ(160センチ)で300ポンド(136キロ)なら税金でファッジ・ラウンド(菓子)を買っちゃだめだ。」という一節です。

この二つの部分を中心に、SNSで議論が盛り上がり、曲の人気を押し上げました。

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左右両派の論争に発展

右派:マット・ウォルシュ

こちらの動画で曲を手放しで賞賛しているのは右派の政治コメンテーター、マット・ウォルシュ(Matt Walsh)です。

This Is The Protest Song Of Our Generation

「アメリカの普通の労働者に聞けば誰だって税金が高すぎると思っている。全員オリバー・アンソニーと同じ意見だ。これはアメリカで一生懸命働く人たちの声なき声だ。」と言っています。税金を減らし、社会福祉予算を減らし、連邦政府の権限を縮小せよ、というのがマット・ウォルシュの意見です。

「生活保護で肥え太」るなんてとんでもない、菓子なんて買わせちゃいけない、という考えです。福祉給付金で豊かに暮らす(とされる)「福祉の女王(welfare queen)」への攻撃は右派で人気があります。TikTokでは“I buy my own fudge rounds”(「自分のお金でファッジ・ラウンドを買います」)というミームも発生していました。福祉の世話にはなっていないという宣言でしょう。

曲名にもなった「リッチモンドの北の金持ち」への批判も同じです。連邦政府批判は米国の右派では人気のあるトピックだからです。エプスタイン島にワシントンDCの悪徳政治家がいた!という主張も人気なので、一気に曲に注目が集まり、チャートの1位に押し上げる原動力になりました。「リッチモンドの北の金持ち」とはバイデン大統領のことだという解釈も出ました。

米国の有名アーティストには、左派的な思想を表明する人が多く、右派にとってはいらだちの元でした。右派の主張に合致した曲がチャートの1位になることで溜飲が下がる思いをした人もいたかもしれません。しばらく前にも、こちらのブラック・ライブズ・マター運動の激しかった頃を思い出させる映像とともに「俺たちの街ではそんなことはさせない」と歌う曲をチャートの1位に押し上げようという運動があり、話題を呼んでいました。

Jason Aldean – Try That In A Small Town (Official Music Video)

左派:ハサン・パイカー

右派がこの曲を歓迎している一方、左派は批判的です。存在しない「福祉の女王」を攻撃するのは非生産的だ、ぎりぎり生活保護を受給していない程度の収入の人が、生活保護を受給している人を攻撃するのは、「リッチモンドの北の金持ち」の思うつぼじゃないのか、という意見が出ています。

こちらは左派の政治系ストリーマー、ハサン・パイカー(Hasan Piker)です。

「政府を批判するカントリーミュージックは今に始まったことではない」と話しています。

He Doesn't Understand What He's Talking About

一方で、ハサン・パイカーを批判する声もあります。

これにハサンが反論しています。

ハサン・パイカーは左派のはずですが、オリバー・アンソニーを「貧乏の赤毛デブ」と笑っています。それで「左派」なのでしょうか?

他方、右派のマット・ウォルシュは上の動画で「最近の曲はみんなコンピュータで作ってるからクソ。動画はCGだし、AI画像ばかり。この点、オリバー・アンソニーには生の感覚があって素晴らしい。」と褒めていました。

しかしそのマット・ウォルシュの動画の背景に、山と空が映っているように見せかけたニセの窓があるは皮肉です。しかもマット・ウォルシュは大成功した政治コメンテーターです。「アメリカの普通の労働者」の気持ちがわかるようには思えません。自分の言行不一致への無感覚に驚かされます。

共和党の大統領候補者討論会

その後、この曲にさらに注目が集めるできごとが起こります。右派の主張を代弁する曲として、なんとオリバー・アンソニーの曲は8月23日に行われた共和党の大統領候補者討論会で流され、候補者たちがコメントしたのです。

候補者討論会の後、オリバー・アンソニーがYouTubeに動画を出しました。雨に打たれるピックアップトラックの運転席で視聴者に語りかけています。

It's a pleasure to meet you – part 2

「5フィート3インチで300ポンドなら税金でファッジ・ラウンドを買っちゃだめだ」というのは、(低所得者向け食費補助の)フードスタンプだとジャンクフードしか買えないのを批判した。生活保護を受けている人を批判してるわけじゃない。

『リッチモンドの北の金持ち』とはバイデン大統領のことじゃない。バイデンだけじゃなく共和党の大統領候補者討論会に出てきた人も批判している。彼らが僕の曲について語っているのを見て笑うしかなかった。彼らを批判している曲なのに。

右も左もオリバー・アンソニーの曲を勝手に解釈して、意見を述べていたようです。作曲したオリバー・アンソニーはどのような政治的主張を持っているのでしょうか?

オリバー・アンソニーの投稿です。

右派も、左派も、討論会に出てきた候補たちも、全員、はしごを外されてしまったことになります。オリバー・アンソニーは企業が売り込みに成功した人工的な「奇跡の超新星」だという陰謀を疑う声もありますが、このはしごの外しっぷりからすると、違いそうです。

これを受けて、ハサン・パイカーは「少なくとも、歌詞がうまくなかったのは間違いない。」と評しています(動画)。

オリバー・アンソニーが立ち位置を公にすると両側から攻撃を受けているようです。

オリバー・アンソニーはまた、「今のままでこの国が十年、二十年たったらどうなるのかと思う。なんとか自分にできることをしていきたい。」と語るとともに、急に有名人となってしまったことに驚きを隠さず、「音楽業界からいろいろな申し出があった。すごい金額のオファーもあったけど、思っていた以上に腐敗した業界だ。彼らと組みたくはない。」とも語っています。

オリバー・アンソニーは独立不羈を貫きたいようです。しかし、金に魂を売って政治コメンテーターになって儲けているマット・ウォルシュやハサン・パイカーのような人々を見ていると、いつまで孤高を保つことができるのか、心許なく思われます。

しかも、もし孤高を保つことができたとすると、オリバー・アンソニーの曲は、マット・ウォルシュはきっと宣伝してくれないでしょうから、もはやチャートの1位をとることはできないでしょう。

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