TikTokアプリで「ナツメグチャレンジ(#nutmeg challenge)」が流行し、問題になっていました。
ナツメグはサッカー用語で股抜きの意味があります。ナツメグ・チャレンジは上手に股抜きをしよう! 何回できるかな?という動画も投稿されています。
今回はTikTokナツメグ・チャレンジで文字通り、「スパイスのナツメグを飲むチャレンジ」をしてしまった人の症状を紹介します。
TikTokユーザーGGはプロテインシェイクにナツメグ容器1本分を入れ、飲み干しました。その後、彼は幻覚、頻脈、吐き気、口の渇きに苦しみます。
ChubbyEmuの動画
YouTuberのChubbyEmuことイリノイ大学の臨床非常勤教授の毒物学者であるドクター・バーナードの動画です。
『新型コロナウイルスに感染したと恐れた人がアルコール消毒液を1本分飲んだら脳はこうなる』、『毎日ビールを50缶飲む生活を6週間続けた人の脳はこうなる』など面白い動画を多く投稿しています1。
救急外来に搬送された19歳の男性GGは、口の渇き、赤面、吐き気を訴えていました。
「小さな妖精が足下で踊って、そのうちのいくつかはピクルスに変身した。こんなに面白いのは見たことねぇ。」と話し、幻覚の症状もあります。
救急外来に搬送される前、GGはナツメグの瓶を1本分飲み干していました。
ナツメグを飲んだあと、猛烈な口の渇きを感じ水を1ガロン2飲み干してトイレへ向かいます。トイレの鏡には走っている自分の姿が写っています。走れば走るほど身体は丸く見えます。壁は溶けだし、心臓は鼓動を速め…皮膚の下を虫が這うような症状も出ます。
GGの顔はビーツのように真っ赤になります。気がつけば数時間で合計4ガロンの水を飲み干していました。
彼は訳のわからないことを口走り始め、明らかな興奮状態になります。トイレに行きますが、尿が出ません。膀胱は破裂しそうにふくれています。GGは倒れ込み、痙攣し始めます。母親が意識朦朧とした彼を発見し、救急車を呼びます。
救急外来で彼は意識がある状態であり、顔面は発赤していますが発熱はなく、呼吸は正常、心拍数は上がっており、血圧も高く、不整脈を来しています。GGは「妖精たちがやってきてはにんじんの缶詰を運んでくる」と医師に話します。「水をがぶ飲みしたのに小便が出ない」とも。
GGはナツメグを大量に飲み込んだことは話さず、医師たちにも想像がつきませんでした。
しかし手がかりはありませんでした。彼はのどの渇きを訴えていますが、それは唾液が分泌されていないということです。顔が赤くなっていますが、汗は出ていません。尿も出ていません。これは“rest or digest”(休息か消化か)が停止していることを想像させます。つまり、副交感神経系の抑制状態(抗コリン薬中毒)です。
ナツメグには様々な化合物が含まれますが、ナツメグに直接含まれる化合物か、その代謝物が症状を引き起こしたのかは不明です3。
ナツメグはヨーロッパでは中世以後に知られるようになりました。16世紀のフランドルの医師マティアス・デ・ロベルはナツメグを食べた後に譫妄を来した女性について記載しています。ナツメグの毒性で死亡した例も報告されています。
しかし、ナツメグで痙攣が起こることは報告されていません。問題はGGが4ガロンも水を飲み、しかも排尿できていないことです。水はどこへ行ったのでしょう? 4ガロンの水が体内に留まっていることになります。
それだけの水が入ってくると、体液が薄まり、低ナトリウム血症になります。尿が出せなくなったので、抗利尿ホルモン(バソプレッシン)が分泌され、腎臓での水の再吸収が高まります。
低ナトリウム血症になると、浸透圧差のため、血液から組織に水分が移動し、臓器が浮腫を起こします。消化器や筋肉の浮腫は問題ありませんが、脳の浮腫は大きな問題になります。脳は頭蓋骨の中に収まっていますから、浮腫を起こした脳は壁に押しつけられ、隙間にめり込むことになります。血流も妨げられ、低酸素脳症を起こします。脳が本来の位置からふくれて飛び出すことを脳ヘルニアと呼びます。
どうすれば治療できるでしょう? 低ナトリウム血症の治療のためナトリウム濃度の高い輸液4をすれば臓器から血液中に水が戻ります。医師はカテーテルで膀胱から尿を排出させます。こうしてナツメグの化合物が自然に排出されるのを待ちます。
幸いGGは脳ヘルニアにはならず済みました。
数年に一度起こるのがナツメグ・チャレンジやシナモン・チャレンジです。こちらは2012年に投稿されたナツメグ・チャレンジの動画です。
(2020年7月19日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
「GGはCOVID-19の影響でオンラインになった学校をサボって何か面白いことをしたくなったのでナツメグチャレンジをやった」と動画で紹介されていますが、TikTokで有名になるためにスパイスを一度に多量に摂取する危険な行為はしないでください。
感染から身を守るため家にいるのに、別のことで命を落としそうになったというニュースでした。
参考:Nutmeg Poisonings: A Retrospective Review of 10 Years Experience from the Illinois Poison Center, 2001–2011
Image: JJBeauties, Best Docs Network, Medical Condition Information, Cia Gould