大人気ゲームのマインクラフト(Minecraft)でチート疑惑が持ちあがっています。確率・統計を駆使した議論が白熱し、2020年ホリデーシーズンの話題の一つになりました。
本記事では、調査チームの報告書と反論およびネット上の議論をまとめます。1ページ目は事件の概要です。分析の内容については2ページ目をごらんください。
何が起きたのか?
疑惑のプレイヤーはDreamです。YouTubeチャンネル登録者数は1500万人で、YouTubeが2020年の急上昇クリエイターの第1位、トップクリエイターの第2位に選んだ人気YouTuberです1。2019年の年末には登録者数100万人でしたから、まさに急上昇です。
以下、調査チームの報告書(以下「報告書」)とこちらのGeosquareの動画を元にまとめます。
Dreamはマインクラフトの動画で人気です。マインクラフトは自由度の高いゲームですが、特定の課題をできるだけ短時間で達成するタイムトライアルもあり、スピードラン(speedrun)と呼ばれます。
スピードランの記録はSpeedrun.comにまとめられています2。こちらはスピードランの2021年1月現在の世界記録、14分36秒の動画です3。
スピードランでは、エンドゲート(End Portal)にエンダーアイ(Eye of Ender)を10個から12個はめ込むとクリアです。エンダーアイを1個作るにはエンダーパール(Ender Pearl)とブレイズパウダー(Blaze Powder)が1個ずつ必要です。エンダーパールを手っ取り早く手に入れられるのは、Mob(ゲーム内キャラクター)のピグリン(Piglin)との取引です。ブレイズパウダーは同じくMobのブレイズ(Blaze)を倒すと得られます4。これらをできるだけ手際よく集めるのがスピードランの鍵です。
2020年10月、DreamはTwitchストリーミングでスピードランをしました5。Dreamは6プレイでピグリンと262回取引して42回エンダーパールを手に入れ、305回ブレイズを倒して211回ブレイズパウダーを手に入れました。
これは怪しい数字です。というのも、取引でエンダーパールが手に入る確率は約5%、ブレイズを倒してブレイズパウダーが得られる確率は50%だからです。42/262 ≒ 16%と211/305 ≒ 69%は、それぞれ5%と50%よりずいぶん大きく見えます。これはチートなのではないでしょうか?
Minecraft Speedrun Team6が出した報告書の結論は「クロ」でした。何らかの方法でDreamは不正をした可能性が高いと認定されました。報告書は、チートでないとすると7兆5000億分の1の確率だと計算しています。これはありえないほどの偶然、というよりはありえないことです。結果として、Dreamの記録は抹消となりました。
Dreamの反論
報告書は12月11日に発表され、15日に改訂されました。これに対してDreamは23日に動画を出して反論しました。
(2021年2月21日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
Dreamは動画で「有名大で博士号をとった天体物理が専門の大学教授」が分析して問題なしと結論づけたと言いました。こちらが反論(以下「反論」)です。反論の著者はPhotoexcitationとなっています。Photoexcitationは科学者向けのコンサルティング会社です7。
反論は、報告書の分析には問題があり、確率のとらえ方も間違っていると指摘しています。具体的には、正確に計算すると(7.5兆分の1ではなく)1000万プレイに1回の確率で生じる現象なので、全世界でマインクラフトがプレイされていることを考えれば、1年間に1回ぐらいはあってもおかしくない、という議論です。
しかし、反論には多くの問題があると批判されています。疑惑の6プレイと以前の5プレイを合わせて分析したこと、分析に使ったプログラムコードに明らかな誤りがあること8、初歩的な統計の間違いがあること、などです。
こちらの動画は反論の問題点をまとめています。
Dreamはチートをしていない証拠としてファイルをアップロードしているが、多分スピードランのときにはそれ以外のファイルを使ったのだろう、と推測しています。
報告書と反論についてRedditなど様々なSNSで議論されています。こちらのDexertoの記事に引用されている書き込みは、反論の分析が素人臭いと指摘しています。
Dreamとファンはこの指摘を目障りに思ったらしく、この書き込みは一時期大量の低評価を集めていました9。
こちらの動画ではDreamとスタンファンの奇妙な関係が指摘されています。
Dreamはファンを「仔猫ちゃんたち(kittens)」と呼んでいます。低年齢層の多いファンはDreamを擁護し続けています。
結論は?
Tipsterはこの事件は統計の知識がないと判断を下せない、これがチートだったとしても、Dreamのほかの動画をファンは楽しみ続けるだろう、と述べています。
(2022年4月17日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
また、ファンの「Dreamは優れたプレイヤーだからチートしたはずがない」という擁護には穴があるとこれまでもスピードランの不正を追ってきたKarl Jobstは言っています10。
「才能があれば自分が記録を出して当然だと思うようになり、ツイていなければいらいらしやすい。しかもよいプレイヤーであればあるほどチートもうまくできる。」からです。
12月30日には調査チームからの再反論が出ました。Photoexcitationによる反論の問題点を一つ一つ指摘しています。
Dreamのチート疑惑に関する報告書と、それに対する反論は多くの人々の関心を集めました。Dexertoの記事からリンクの貼られたブログや掲示板では(マインクラフトには必ずしも詳しくない)統計・数学の専門家たちがこの話題について議論を戦わせています11。こちらの記事でもマインクラフトは人工知能を開発する一つの目標になっていました。
どうやらマインクラフトにはマインクラフトを知らない専門家も引き寄せる魔力があるようです。
専門家の多くは、報告書を支持し、反論は認めていません。Dreamは旗色が悪いようです。専門家たちは激しい言葉をDreamとPhotoexcitationに投げかけています12。専門家の参入はホリデーシーズン特有の現象かもしれません。ある意味「大人げない」振る舞いですが、真実を暴き、公正な社会を守るのは、大人げない人々なのではないか、と思わされる出来事でした。科学研究や政府発表の不正を暴くのも彼らでしょう。
次のページは付録です。報告書、反論、反論への批判の概要をまとめました。
【2021年6月3日追記】Dreamが正式に不正を認める声明を出しました。記事はこちらです。
注
- Dreamのマインクラフト動画は急上昇動画の6位になっている。本サイトはこれまで海外YouTuberの最新の話題を報じてきたが、急上昇動画の第2位のジェフリー・スターの破局、第4位のMrBeastのじゃんけん大会、第5位のニッキー・チュートリアルズのカミングアウト、第10位のデイヴィッド・ドブリックの気前のいいプレゼントは、いずれも本サイトで記事にしている。
- マインクラフト以外のスピードランもSpeedrun.comは記録している。
- こちらの動画では記録保持者のCouriwayには性的暴行疑惑があると語られているが、Dreamの疑惑と関係ないのでここでは触れない。
- 正確には原料のブレイズロッド(Blaze Rod)が得られる。
- バージョン1.16のスピードランだった。
- 別の箇所ではMinecraft Speedrun Moderation TeamやMinecraft Java Speedrunning Teamと呼ばれているが同じ団体だと思われる。
- 主力の業務は研究費申請書の添削のようだが、統計・データ分析も請け負うと公式サイトにある。
- 4から8の間の乱数を発生させるべきところで4から7の間の乱数を発生させていた。
- この書き込みに「誤りを指摘したよく書けたレスだね。それで襲撃されたわけだ。すげぇ。(Well written response pointing out errors and you get brigaded. Just wow.)」や「ハハ、この総崩れを遠くから眺めてる純粋数学の学生からすると、子ども軍が低評価してるのは笑える。(Haha, as a pure math student following this debacle from afar, in a way it is hilarious to see you get downvoted by an army of children.)」など同情の声が集まっている。
- Geosquareが動画で引用している。
- たとえばコロンビア大学の統計学科・政治学科の教授アンドリュー・ゲルマンのブログポストに出てくる“local expert”など。Dexertoの記事に引用されているRedditのレスを書いた人物も博士号を持つ素粒子物理学者だと名乗っている。
- 「こいつに宇宙物理のデータ分析をさせちゃいけない」、「Excelの使い方をお勉強しましょうね」、「こんな初歩的なミスをするのが『有名大で博士号をとった大学教授』のはずがない」など。