GPUメーカーNVIDIA社が批判的なレビューをしたYouTubeチャンネルHardware Unboxedに試供品を送るのをやめると通告した。気に入らない意見を圧殺しようとする暴挙だと抗議されたNVIDIAは方針を撤回した。
YouTubeのテックレビュー界でメーカーの横暴な振る舞いに批判が高まる事件が起こりました。本サイトはYouTuberの事件を扱い、特に美容YouTuberのケンカをよく取り上げます。今回は毛色の違う事件ですが、美容界とも共通点があるので特別に取り上げます。
以下はこちらの記事を参考にしています。
発端はHardware Unboxed(YouTube登録者数67.8万人)のこのツイートでした。(用語は後で説明します。)
NVIDIAが正式にGeForceの評価用ファウンダーズエディションGPUを私たちに提供するのをやめると通告してきました。
理由は、レイトレーシングではなくラスタライズに注目しているからだそうです。
「もし仮に貴チャンネルの編集方針が変われば」この決定を見直す、とのこと。
続く。
Nvidia have officially decided to ban us from receiving GeForce Founders Edition GPU review samples
Their reasoning is that we are focusing on rasterization instead of ray tracing.
They have said they will revisit this “should your editorial direction change”.
More to come
— Hardware Unboxed (@HardwareUnboxed) December 11, 2020
最近のPCはゲームなどの画像をきれいに表示します。これを実現するパーツがグラフィックボード(GPUもほぼ同義)です。どのPCにもグラフィックボードが入っていますが、高性能なものに入れ替えることもできます。3Dゲームの高精細画像を楽しみたい人は、高性能なグラフィックボードを買います。
NVIDIAはグラフィックボードの代表的メーカーです。NVIDIAのグラフィックボードにはNVIDIA本体の出すファウンダーズエディション(Founders Edition)とパートナー企業がカスタマイズした商品があります。ファウンダーズエディションが一番出るのが早いので、製品について早く知りたければファウンダーズエディションを手に入れる必要があります。
Hardware Unboxedは実機でGPUの様々な機能をオンオフしながら映像のクオリティーを比較し、レビューする動画を作っています。こちらの動画では『サイバーパンク2077』の映像を比較しています。
丁寧に機能のオンオフでどれだけ見た目が変わるかを説明しています。購入前に性能を確認できるので、このようなレビューをしてくれるYouTuberの動画には人気が集まります。
最新の商品を手に入れられれば再生回数が跳ね上がり、広告収入が増えます。しかしもし一歩でも出遅れれば収入は激減します。ですから、評価用ファウンダーズエディションの提供が止まるのは死活問題です。
具体的にどんなメールが送られてきたのか、Hardware Unboxedは直接言及していませんが、こちらのライナス・セバスチャンの動画で読み上げられています(9分30秒から)。
こちらの記事にも書き起こしがあります。概要はHardware Unboxedのツイートのとおりです。
テックレビュー系YouTubeチャンネルJayzTwoCents(登録者数304万人)のジェイがNVIDIAの対応を批判しています。この動画は2020年12月13日カナダ急上昇ランキングにも入り、注目を集めました。
「自分はHardware Unboxedとは立場が違う。でも、NVIDIAは越えてはいけない一線を越えてしまった。いろいろな人がいろいろな観点からレビューするのが大切なのに。」と語っています。
「現在の3Dゲームで使われているGPUの機能はあくまでラスタライズ1であって、レイトレーシング2機能を使っているゲームはごく少数だ。だからHardware Unboxedがラスタライズの性能に注目してレビューしたのは正当だと思う。NVIDIAは、『レイトレーシングこそ未来の技術でゲーマーの求めるものだから3、それに注目しないのは誤り』と主張しているけど、これは事実ではなく一つの意見でしかない。NVIDIAと同じ意見の人にしかレビューさせないのは横暴すぎる。」というのがジェイの見解です。自分もHardware Unboxedと同じように試供品をもらえなくなってもかまわない、とまで言っています。NVIDIAが事実と意見を意図的に混同しているのもジェイが怒っている理由のようです。
批判の高まりを受けて、NVIDIAは方針を転換しました。
大ニュース。
NVIDIAから前のメールについて謝罪するメールを受け取りました。全部取り消すそうです。
この数日はジェットコースターのようでした。私たちを応援してくださった皆さん、そして特にこの件を扱ってくれたライナスに感謝します。
BIG NEWS
I just received an email from Nvidia apologizing for the previous email & they’ve now walked everything back.
This thing has been a roller coaster ride over the past few days. I’d like to thank everyone who supported us, obviously a huge thank you to @linusgsebastian
— Hardware Unboxed (@HardwareUnboxed) December 12, 2020
Hardware Unboxedのスティーヴの動画です。
最初にライナスやジェイへの感謝を述べています。GeForce RTX 3060 Tiのファウンダーズエディションを送ってくれなかったのはなぜかをNVIDIAに(返事がないので複数回)問い合わせたら、12月7日に例のメールが返ってきたそうです。今後も編集方針は変えず、独立したレビューを続けると言っています。
今回はNVIDIAが撤回を発表して無事収まりましたが、今後もこのような事件は続くでしょう。企業が批判的なレビューをするYouTuberに圧力をかけたり、好意的なレビューをするYouTuberをひいきしたりすることは、ほかの業界でもあります。
こちらの記事では化粧品メーカーのパット・マグラスが美容YouTuberのジェフリー・スターとニッキー・チュートリアルズの動画を削除させた疑惑を取り上げました。
こちらの記事では商品を批判したので試供品をもらえなくなってしまった美容YouTuberを紹介しています。
企業からの試供品がなくなるのはレビュー動画で生計を立てるYouTuberにとっては打撃です。しかし、筋を通し、公正な批評を目指すYouTuberも少なくありません。
今回のような事件はテック業界でも美容業界でもありふれています。しかし、大きな違いは業界の構造です。市場を独占している化粧品メーカーはありません。しかし、高性能ゲーミングGPUはNVIDIA(とパートナー企業)が非常に強く4、メーカーが望めばレビューアーを完全に「干す」ことができます。独占・寡占市場の危険さを印象づける告発でした。告発がYouTubeという独占的プラットフォームでされたのは皮肉なことですが。
注
- ラスタライズはここではポリゴンにテクスチャを貼り付けて3D空間を表現する技術を指す。
- レイトレーシングはここではGPUによるオンラインレイトレーシング技術を指す。一般には、光線の進路を計算して3D画像を作り出すことをレイトレーシングという。ラスタライズでポリゴンに貼り付けられるテクスチャは(事前・オフラインの)レイトレーシングで作られることも多いが、ここで問題になっているのはリアルタイム・オンラインのレイトレーシングである。
- 「ゲーマーがみんなNVIDIAと同じ意見だと思わないでくれ」とジェイは言っている。
- GPU市場はNVIDIAとAMDがほぼ二分している。GPUのシェアはIntelが一番高いが、Intelの製品はほぼマザーボードに組み込むタイプで換装用ではなく、ゲーマー用と言えるのはNVIDIAとAMDの製品だけである。