米人気コメディアンのデイブ・シャペル(Dave Chappelle)氏のNetflix番組『The Closer(邦題:デイブ・シャペルのこれでお開き)』が公開されました。番組はシャペル氏が一人で登壇してしゃべくるスタンダップ・コメディ(漫談)形式です。
LGBTQ(性的マイノリティ)、中でもトランスジェンダーに関するシャペル氏の発言が問題視され、一部の視聴者から批判の声が出ています。
視聴者だけではなく、Netflixの従業員も『The Closer』の内容は不適切であると批判しています。Netflix社で取締役の会議に飛び込んで抗議し、いったん停職となり復帰となった人もいると報道されています。従業員自らTwitterに意見を投稿しているので紹介します。
『The Closer』
2021年10月5日に公開された『The Closer』はシャペル氏のNetflixシリーズ第六話であり最終回です。公開収録の観客の反応は悪くありませんが、不同意を示しているような客も映っています。
社会問題に切り込みつつ、シャペル氏は通常は禁忌とされている際どい発言をたくさんしています。
- ラッパーのダベイビー(DaBaby)がエイズに関する発言で猛批判を浴びてキャリアが終わりかけているが、ダベイビーが過去に(正当防衛で)男性を射殺した件について批判されていないのはなぜか? シャペル氏は「この国では人を撃ち殺してもいい、でもゲイの気持ちは傷つけない方がいいんだ。」と話す。
- 黒人の人権活動家ソジャーナ・トゥルースの歴史的な演説「私は女ではないの?」について話す。白人女性たちは女性の権利を声高に主張するが、黒人女性が参加しようとすれば「女性の権利の問題と奴隷制の問題を一緒にしないでほしい」と拒否するとシャペル氏は指摘する。
さらに、シャペル氏の友人で、トランスジェンダーでありコメディエンヌだったダフネ・ドワーマン(Daphne Dorman)氏について話題にしています。この話題の背景として、シャペル氏は2019年の番組『Sticks & Stones』でも同じようにトランスジェンダーをネタにして、批判されていました。
この批判を受けてドワーマン氏は、ツイートでシャペル氏を擁護しています。
Punching down requires you to consider yourself superior to another group. @DaveChappelle doesn’t consider himself better than me in any way. He isn’t punching up or punching down. He’s punching lines. That’s his job and he’s a master of his craft. #SticksAndStones #imthatdaphne
— Daphne Dorman (@DaphneDorman) August 29, 2019
シャペル氏はこの騒動を振りかえり、このように話しています。
ドワーマン氏の遺族も、シャペル氏を擁護しています。シャペル氏はもともと世の中の矛盾や差別に切り込む芸風で、論議を呼ぶ発言をするコメディアンであることが知られています。
批判の声
『The Closer』公開後、LGBTQに関するメディアの扱いを監視する非営利団体「グラード」はツイートで声明を出します。
Dave Chappelle’s brand has become synonymous with ridiculing trans people and other marginalized communities. Negative reviews and viewers loudly condemning his latest special is a message to the industry that audiences don’t support platforming anti-LGBTQ diatribes. We agree. https://t.co/yOIyT54819
— GLAAD (@glaad) October 6, 2021
Netflixの従業員テラ・フィールド氏がツイートで批判をしています。
(2023年2月19日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
フィールド氏はスレッドを投稿して米国内で発生した38件のトランスジェンダーが犠牲になった殺人事件を例に出し、シャペル氏のコメディの悪影響について批判しています。
Netflixの番組『親愛なる白人様』の現場責任者の一人であったジャクリン・ムーア氏も批判をしています。ムーア氏もトランスジェンダーです。
(2022年1月2日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
論争を超えて
シャペル氏は『The Closer』の中で、ソジャーナ・トゥルースの1851年の演説に触れて「黒人女性は黒人女性だからという理由でフェミニストの活動に参加させられなかった」と言っています。
ソジャーナ・トゥルースは奴隷として生まれ、南北戦争前後の米国で、人種活動家・女性活動家として活躍しました。奴隷の男性と同じぐらい、また、ときには奴隷の男性以上に働かされる奴隷の女性だった経験から、彼女は「女には何もできない」と主張する男たちを反駁しました。
彼女の「私は女ではないの?」と呼ばれるその演説は、ベル・フックスの著書『アメリカ黒人女性とフェミニズム ベル・フックスの「私は女ではないの?」』タイトルにもなっています。この本が明らかにしたのは、米国の歴史の中で、「女性の権利を拡大すべき」と論じられるときの「女性」が指すのはしばしば白人女性だけであり、「黒人の権利を白人と同等にすべき」と論じられるときの「黒人」が指すのがしばしば黒人男性だけだったことでした。黒人女性は二重に差別されているのです。フェミニズム運動に黒人女性が参加しようとすると「これは人種運動ではないから」と拒絶されることもあったとベル・フックスも述べています。
LGBTQの権利を確保すべきと論じられるときも、「LGBTQ」が指すのは白人のLGBTQだけではないのか、という問いは一考に値するでしょう。シャペル氏が、フィールド氏がツイートしたように「トランス・コミュニティをほかのマイノリティと反目しあうよう仕向け」ているのか、それとは逆に、分断されているトランス・コミュニティが団結すべきと主張しているのかは、微妙な問題です。
しかし一方で、シャペル氏がしたようなLGBTQ団体の主張の偏狭さに対するいじりやからかいは、すぐさまLGBTQの個人への攻撃となりかねない危険性もはらんでいます。社会の中の一つのグループが本当にそのグループに属するすべての人を連帯させるものになっているかは常に意識すべき論点ですし、あるグループのあり方への批判がそのグループの成員へのいじめにつながらないかもまた反省すべき問題です。
本記事執筆時点で、『The Closer』はNetflixで視聴可能です。考えさせられるコメディは視聴され続けるべきなのか、差別を助長する言動は取り下げられるべきなのか、議論の行方をしばらく見守る必要がありそうです。
Image: Dave Chappelle Has Hurt Some Feelings …