検察側はラップの歌詞を証拠として提出し、弁護側はアニメを語り、被告人は法廷でドラッグを受け取り、陪審員はサボって反省文を書かされ、警察官は受刑者と恋仲に……非常識が非常識を呼ぶ珍裁判に全米の注目が集まっています。
刑事裁判にかけられたのはラッパーのヤング・サグ(Young Thug)です。セレブの裁判とあって、その様子は中継され話題になっています。
ヤング・サグの事務所ヤング・ストーナー・ライフ・レコーズ(Young Stoner Life Records)およびヤング・スライム・ライフ(Young Slime Life)、通称YSLは犯罪集団(ギャング)であるとの訴えをジョージア州フルトン郡検察に起こされています。
ヤング・サグは27名の容疑者とともに威力脅迫及び腐敗組織に関する連邦法(通称RICO法)に違反しているとして罪に問われています。容疑は2012年まで遡り、殺人、加重暴行、武装強盗、薬物の密売などです。ヤング・サグの他に被告人にはラッパーのガンナやYak Gottiも含まれています。
主な争点はYSLは犯罪組織でヤング・サグはその指導者だったのかにあります。検察はなんとしてもYSLが組織的な犯罪集団で地域に悪影響を及ぼしていたと証明したいようです。検察はヤング・サグの楽曲の歌詞を犯罪意思があった証拠として提出しています。裁判を見守っている人の中にはラップの歌詞を犯罪の証拠に使うのは黒人差別であり、表現の自由を侵害していると指摘する人もいます。
深刻な裁判ではありますが、陪審員の選定に10か月もかかる異常な事態になっていました。ヤング・サグが地元の名士であり、ファンが多いことから先入観や偏見のない陪審員を見つけるまでに時間がかかっています。裁判が始まった後の珍事件を一挙紹介します。
フィリップ・デフランコの動画の冒頭はRICO裁判にまつわる珍妙なニュースを取り上げています。
おかしな見出し
メディアの報道も過熱していますが、グラミー賞の受賞経験があるアーティストが被告人であることや、検察側に差別の可能性があることだけが理由ではありません。注目されているのは裁判の関係者が次々引き起こす珍妙な事件です。記者たちは腕が鳴るらしく、面白い見出しをたくさんひねり出しています。これまでに報道された記事の見出しを順番に紹介します。
「保安官の肉欲でYSL裁判がシェークスピア劇に!」
ヤング・サグと一緒に起訴されていた人物と保安官(警察官)が恋愛関係になってしまい、保安官は拘置所にせっせと差し入れをしていたそうです。なんと、差し入れが禁止されている品まで。当然、保安官はクビです。警察はどうなっているのでしょうか。
「カメラの前で別の被告人がヤング・サグにドラッグを手渡す!!!」
これは読んで字のごとしです。当然、その場で取り押さえられました。
直ちに身体検査が実施され、ドラッグやらタバコやら持ち込みの禁止されているはずの品をいくつも持っていたことが判明しました。けしからんことですが、刑務所もどうなっているんでしょう? なお、この人物にはすでに終身刑の判決が出ているとのこと。
そのほか、拘置所に面会に来た容疑者の母親が禁止されているタバコを渡そうとして逮捕されています。
「弁護士が薬を持っていたので逮捕される」
弁護士が持っていたのは処方薬だったようですが、手荷物検査で引っかかってしまいました。なお、この弁護士は別の弁護士に携帯をパスしようとして間違って係員にぶつけてしまい、罪状が重くなってしまったそうです。
この記事には別の被告人の弁護士が公選弁護人の手当の低さを理由に抗議の辞任をしたとあります。弁護士もやる気が出ない理由があるようです。
「陪審員候補が動画を撮影して三日間のムショ入り」
判決に影響が出ないように、陪審員は非公開です。米国では裁判の様子が放送されることもありますが、その場合も陪審員は映しません。陪審員は候補を多数出した上で、その中から選びますが、一人が選ぶ様子を動画で撮影していたようです。
「法廷に来るのをサボった陪審員候補が30ページの反省文を書かされる」
別の陪審員候補は召喚状を無視して海外旅行に出かけようとしていたのだそうです。結果、裁判官から30ページの反省文を書くよう命じられています。
容疑者も、警察も、刑務所も、弁護士もポンコツなので、陪審員もポンコツだったとしても不思議はありません。
始まるがごちゃごちゃ
難航した陪審員選びも終わり、無事裁判は2023年11月27日に始まりました。しかし、なんと、検察はヤング・サグの歌詞を証拠として提出しています。殺人を示唆する内容があったというのがその理由です。しかし、歌詞が証拠とされるのは言論の自由の観点から問題があり、また、差別的な意図があるではないかとの意見もあります。
検察も検察なら、弁護側も弁護側です。弁護側の冒頭陳述で『BLEACH』が登場しています。弁護士曰く、「この裁判は『BLEACH』(のアニメ版オリジナルエピソード)の『バウント篇』なのです!」だそうです。
No way she just made a Bleach reference in Young Thug trial 😭 pic.twitter.com/1EwWkxzZNY
— buried (@buried2x_) November 28, 2023
「間を持たせるためだけに行われた展開と同じで、この裁判も中身はないのです!」と力説しているのですが、裁判官や陪審員はみんな『BLEACH』をよく知っているのでしょうか? 「ああ、なるほどねー」とみんなが納得してくれるのか、疑問です。
苦しい言い訳?
ヤング・サグの弁護士ブライアン・スティール(Brian Steel)氏は、thugは辞書にあるとおりの「悪党」という意味ではなく、truly humble under god(神の下で真に謙虚)の頭文字をとったものであると述べて話題になっていました。
Young Thug’s attorney Brian Steel explains that “Thug” stands for “Truly Humbled Under God” during opening statements in the YSL RICO trial 🙏 pic.twitter.com/XuFyN8m2O0
— Kurrco (@Kurrco) November 28, 2023
そんなわけあるかい、と突っ込みを入れたくなりますが、変なことばかり起こる裁判なので、この程度なら許容範囲内です。この戦略は人気を博したのか、その後この裁判で出てきた用語のおかしな「解釈」が氾濫します。
実際の投稿か、偽の投稿か不明ですが「ヤング・サグが投稿して即削除した内容」とするスクリーンショットが出回り話題になっていました。
(2024年10月6日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
それぞれSWAGは「神を崇拝するもの」、YSLは「主の若き兵士たち」、SLATTは「常に愛を体現するもの」など苦しいポジティブ変換がされています。
ヤング・サグの弁護士は「飢えと貧困の出自から成功したジェフリー・ラマー・ウィリアムズ(ヤング・サグの本名)は、地域の人も貧困から救い出す手助けをしてきました。起訴内容は不当で、ジェフリーは無実です。」と主張しています。
ヤング・サグのRICO裁判はまだまだ続きます。風邪の季節のため関係者が体調不良で出廷できずに延期になる、被告人が刑務所で刺されて延期になる、など普通ならありえない事故が次々発生し、遅々とした進行です。
なお、ジョージア州フルトン郡検察は同じRICO法に基づいてドナルド・トランプ前大統領も2023年8月に起訴しています。ヤング・サグとトランプ前大統領には接点はなさそうですが、同じRICO法で起訴された仲間ということになります。実はもう一つ二人には接点があり、ヤング・サグには『ドナルド・トランプ』と題した曲があります。曲が出たのは2014年で、二人ともRICO法で起訴される前だったのはもちろん、まだトランプ氏は大統領になっていません。十年一昔とはよく言ったものです。
参考:A complete timeline of Young Thug and Gunna’s YSL RICO cases
サムネ:JEFFERY: Young Thug from fame to RICO trial | Full documentary series