著名人がかかわる大規模な性的人身売買が明るみに出ました。中心人物は大富豪ジェフリー・エプスタインです。事件の概要と性的搾取された女性たちの証言は前編をご覧ください。
ジェフリー・エプスタインの性的暴行疑惑は新しいものではありません。彼が最初に訴えられたのは2005年です。しかし彼は処罰を免れてきました。それは、彼には多くの有力者とのコネがあったからです。
(2020年10月25日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
本記事ではエプスタインの周辺の人々に迫ります。
ギレーヌ・マックスウェル
ギレーヌ・マックスウェル(Ghislaine Noelle Marion Maxwell)は1961年フランスで生まれました。父はチェコスロヴァキア生まれのイギリスのメディア王ロバート・マックスウェルです。
ギレーヌは大邸宅1で育ち、ヘディントン・スクール、マールバラ・カレッジ、オックスフォード大ベリオール・カレッジに進みます。1980年代にはロンドンの社交界で目立つ存在でした。
しかし、ルパート・マードックとのメディア戦争に敗れ多額の借金を負った父ロバートが、1991年、自身のヨット“Lady Ghislaine”2の近くで水死体になって発見されると状況は一変します2。ロバートが会社の従業員の年金基金を株価を引き上げるために利用していたことも発覚し、マックスウェル家は訴えられます。ギレーヌは逃げるようにアメリカへ渡りました。
イギリスでは有名な資産家だった父ロバートの後ろ盾を失ったギレーヌが、社交界へ再び入るための足がかりにしたのがエプスタインでした。表向きは彼女はThe TerraMar ProjectというNPOの代表で、TED Talksでも講演しています(現在は削除)。このNPOはエプスタインの訴追が公表された数日後の2019年7月12日、解散しました。NPOを世間の耳目を糊塗する隠れ蓑にしていたのです。
ギレーヌの目的がエプスタインの金だったように、エプスタインの目的はギレーヌの社交界や各界の名士たちとのコネでした。二人は性的なパートナーでもあり、ビジネスのパートナーでもあったのです。
ギレーヌはエプスタインの眼鏡にかなう少女を勧誘し、彼女たちに性的サービスを仕込みます。ギレーヌはエプスタインの犯罪の「リクルーター」で「やり手婆」でした(この事情については前編をご覧ください)。事件が発覚すると、彼女はエプスタインとともに被害者の女性たちに訴えられます。
記事執筆時点でギレーヌの所在は不明で、刑事訴追されず逃げおおせています。
(2024年9月22日:削除されたYouTube動画をキャプチャ画像で置き換えました。)
買収された法曹界
アラン・ダーショウィッツ(Alan Dershowitz)はエプスタインの顧問弁護士でした。ダーショウィッツはハーバード大学ロースクールの教授です。ダーショウィッツはO. J. シンプソンに無罪判決が出た裁判3でも弁護団に加わっています。
ダーショウィッツは否定していますが、被害者の1人(ヴァージニア)は彼に性的な接待をさせられたと証言しています。その後、ダーショウィッツは全国放送で少なくともマッサージは受けていたことを認めました。
ジェイ・レフコウィッツ(Jay Lefkowitz)もエプスタインの弁護士でした。後に違法だと発覚した2008年の司法取引に関わった1人です。
司法取引が行われた4か月後、エプスタインはレフコウィッツの子どもが通うエリート校に$500,000(約5000万円)を寄付しています(アメリカでも教育にかかわる不正が多いことについては、こちらやこちらの記事をご覧ください)。このような目につきにくい形でエプスタインは利益供与をし、それによって司法を自分に都合がよいように曲げたのです。
アレクサンダー・アコスタ
この事件をめぐる法曹界のキーパーソンがアレクサンダー・アコスタです。アコスタは、2005年から2009年まで南フロリダの連邦検察官でした。
2008年アコスタはエプスタインと司法取引をし、連邦検察としてエプスタインを訴追しない決定を下します。この司法取引には、同様の行為で今後エプスタインを訴追しないという条項も入っていました。被害者の女性たちにはこの司法取引は知らされていませんでした(これは違法です4)。しかも、司法取引の結果、エプスタインにはきわめて軽い刑事罰が言い渡されました。エプスタインは遠出を禁止されていたはずでしたが、実際には監視はなく、彼は自由に海外へ渡っていました。
勇気を出して被害を訴え出た女性たちは、司法取引によって刑事裁判でエプスタインを告発する機会を奪われました。そのため、十年以上経った今でも、まだ事件の真相は十分解明されていません。その間、被害を訴える女性たちは、金目当てのウソつきだと非難され続けてきました。被害者の女性たちは、エプスタインに辱められただけでなく、司法にもないがしろにされたのです。
司法は被害者の女性たちをきわめて不公正に扱いました。たとえば、被害者の1人、ヴァージニアはギレーヌを訴えましたが、記録を裁判所は非公開にしました。司法が金と権力でゆがめられていたのです。
アコスタは2017年に、トランプ政権唯一のヒスパニック系閣僚として労働長官に就任しますが、2019年7月19日、エプスタインとの司法取引への批判の高まりから辞任に追い込まれました。
アコスタがどのような利益供与をエプスタインから受けていたのかは明らかになっていません。
上記の内容はこちらの動画で語られています。司法取引の違法性を報道したマイアミ・ヘラルド(Miami Herald)の記者、ジュリー・ブラウン(Julie K. Brown)へインタビューしています。
各界の大物たち
政治家や企業家や王族など、大物が性的な接待を受けていたことがわかっています。
たとえば、チャールズ英皇太子の弟アンドルー王子が被害者の一人、ヴァージニアと一緒に写っている写真があります。
ヴァージニア(上の写真の中央)は、元ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソンやメイン州選出の議員だったジョージ・J・ミッチェルにも性的な接待をさせられたと証言しています。
写真や証言以外からも、多くの著名人が接待を受けていたことがわかっています。それは、エプスタインの手帳に名前が記されているからです。
The Holy Grail手帳に記された名前
この“The Holy Grail”と呼ばれる手帳はエプスタインのものです。手帳には現米国大統領ドナルド・トランプ、女優・歌手のコートニー・ラヴ、元イスラエル首相エフード・バラクの名前がありました。エプスタインの顧問弁護士アラン・ダーショウィッツの名前もこの手帳にありました。そのほか元大統領のビル・クリントン、アレック・ボールドウィン、レイフ・ファインズ、ジョージ・ソロスの甥ピーター・ソロス、などです。
手帳には「パリのマッサージ」、「英国のマッサージ」、「フロリダのマッサージ」とも記されていました。この「マッサージ」は性接待の隠語だったと報道されています。手帳には誰が「マッサージ」を受けたのかも記録されていました。この手帳に記された人々がすべて性的な接待を受けたのかどうかはわかりません。
手帳には名前とともに連絡先が記されています。ドナルド・トランプは特に多くの連絡先が記され、密な連絡が推測されます。
この手帳はエプスタインがフロリダの邸宅で雇っていた執事が持ち出したものです。彼は、毎日$2000(約20万円)の現金を用意しておけと言われたり(少女たちに握らせるためでした)、出入りしている「マッサージ師」の女性たちが妙に若かったり2するので不審に思っていました。怪しいと思った執事は手帳を盗み£30,000(約380万円)で売り出そうとしましたが、逮捕されました。
ジャーナリズムの役割
この事件の告発では、地元紙マイアミ・ヘラルドが大きな役割を果たしました。大手メディアやYouTubeのドキュメンタリーチャンネルから一様にジャーナリズム精神をたたえられています。本記事の前編もマイアミ・ヘラルドの被害者の声を取り上げた動画を元にしています。
この事件は著名人たちの性的人身売買疑惑なので、報道も興味本位でスキャンダラスに取り上げたり、陰謀論に流れたりしがちです。しかし、マイアミ・ヘラルドは被害者の声を丁寧にすくい上げ、辛抱強く事実を訴えています。2018年の11月に始まった特集では執筆時で13本の動画を出しています。
アコスタによる司法取引の後、記録は裁判所によって非公開とされていました。しかし、被害者たちは公開を訴え続けていました。この声が通り、ようやく記録が公開されたのは、マイアミ・ヘラルドによる報道の成果です。
アメリカでは司法は腐敗していても、健全なジャーナリズムはまだ生きていると感じさせられます。
この事件が示すもの
この事件の背景にあるのは、貧富の差、持てる者と持たざる者の支配関係、すべてにおける力の差です。金と権力を持った著名人が、恵まれない境遇の少女たちを食い物にしました。これは邪悪以外の何物でもありません。
この事件は2017年から広がったMeToo運動で明らかになった映画界の実態よりもさらに残酷です。メディアで発言できた映画界の女性たちとは違い、この事件の被害者は普通の、あるいは普通よりも苦しい立場の少女たちだからです。
加害者と被害者の社会的地位の差がどれだけ大きかったかは、エプスタインやギレーヌの行動からもわかります。エプスタインやギレーヌは少女たちを公共の場で勧誘し、少女たちに別の少女を連れてこさせました。いかにも露見しやすそうな手口です。
それでも、彼らはやり方を変えませんでした。圧倒的に金も権力もある自分たちなら少女たちの訴えをひねり潰せると思ったからでしょう。投資顧問会社を経営するエプスタインは権力者や資産家とつながっていたからです。
権力と富からくる全能感があったので、脇が甘くなり、執事に疑われたり、手帳を盗まれたりしたのでしょう。性的接待も綿密なビジネスというよりは、エプスタインの個人的な嗜好から始まった趣味的なものだったようです。
上流階級のきれいごとと醜い実態の落差をまざまざと見せつけられる事件でした。
同じような事件は、これからも起こらないとは言えません。未然に防ぐためにも、また起こってしまったときに早く解決するためにも、被害者が声を上げやすくする仕組みが必要です。メディアが今後も機能し、司法があるべき姿に戻ることを願います。
【2019年8月18日追記】ヴァージニアのギレーヌに対する訴訟について、「ヴァージニアはギレーヌを訴えましたが名誉毀損として反訴され、ギレーヌに関する記録を裁判所は非公開にしました」と書いていましたが、反訴された事実はなく、非公開となったのはギレーヌに関する記録だけではありませんでしたので、訂正しました。
【2021年5月10日追記】その後、2020年12月にはカナダで大物アパレルブランドの経営者ピーター・ナイガードが数十年にわたる未成年への暴行疑惑で逮捕されたと報道されています。ナイガードもエプスタインと同じようにカリブ海の島で若い女性たちを性的に搾取していました。ナイガードの犯罪も長らく公然の秘密でしたが、逮捕はされていませんでした。その背景にあったのも権力だったようです。詳しくはこちらの記事をごらんください。
参考: Prince Andrew sex allegations: Jeffrey Epstein’s butler Alfredo Rodriguez, who stole tell-all ‘black book’, dies age 60
Robert Maxwell – “Meet The Psychopaths” – Documentary
Drone Video Shows Jeffrey Epstein’s Mansion on Private Island Raided by FBI, NYPD | NBC New York
Here Is Pedophile Billionaire Jeffrey Epstein’s Little Black Book
Image: sGF, Newslinktv com,The Conscious Resistance, Deep State, RedPill infowar
注
- 部屋が53個あったとWikipediaには書かれている。
- ギレーヌは父のお気に入りの娘だったといわれる。
- O. J. シンプソンは元NFLプレイヤー。妻とその友人を殺害した容疑で逮捕されたが、巨費を投じて大弁護団を雇い、無罪判決を勝ち取った。しかし彼は世間では有罪だと思われており、民事訴訟では敗訴した。その後、強盗で懲役を科されている。
- Crime Victims’ Rights Actの規定に反している。