恵まれない少女を集めて権力者たちの性奴隷にする——そんな映画じみた事件の被疑者が拘留中に自殺したというニュースが2019年8月10日、世界を駆け巡りました。被疑者はジェフリー・エプスタイン。過去にも同じ容疑で逮捕されていますが、不可解な理由で釈放されています。
政財界の著名人や各国の王族がかかわるスキャンダルなのではないか、だからエプスタインは口封じのために殺害されたのではないか、など陰謀論が渦巻いています。本記事では、できるだけ陰謀論に陥らないように、マイアミ・ヘラルド(Miami Herald)の動画シリーズに基づき、事実に即してこの事件を整理します。
本記事は被害者の声から事件に迫ります。接待を受けた著名人やエプスタインをとりまく有力者達については後編をご覧ください。
エプスタインの半生と疑惑
ジェフリー・エドワード・エプスタイン(Jeffree Edward Epstein)は1953年ニューヨーク市で生まれました。音楽の才能を示し、飛び級で高校を卒業する少年でした。1974年に教師として働き始めたエプスタインは、1976年に金融業界に飛び込み、1988年には投資顧問会社を立ち上げ、巨万の富を築きます。
エプスタインが少女たちを性的に搾取している疑惑が出たのは2005年のことです。フロリダの邸宅で彼は14歳の女の子に服を脱ぐように強要したのです。そのほかにも多くの告発があり、FBIも捜査に乗り出しました。しかし、当時南フロリダの連邦検察官だったアレクサンダー・アコスタがこの事件を連邦裁判所に持ち込まないと決定します1。
それでも告発の声はやまず、エプスタインは複数の訴訟を抱えることになりました。少なくとも数十人の女性が被害者となったようです。
少女たちを陥れた巧妙なワナ
こちらの動画では犠牲者の4名(Courtney Wild, Jena-Lisa Jones, Michelle Licata, Virginia Roberts)がインタビューに答えています。
エプスタインの被害者になった少女たちの多くは問題を抱えた貧しい家庭の出身でした。こちらとこちらとこちらの記事でも書きましたが、フロリダ州は貧富の差が激しく、貧困と犯罪の陰には薬物があります。被害者には薬物依存症の親に虐待されていた少女もいたようです。
彼女たちは十代前半から、自分で稼ぐか、何か自立するすべがなければ生きていけませんでした。エプスタインはこのような弱い立場にある少女たちを標的にし、性的に搾取したのです。
被害者の一人ヴァージニアは16歳でマララーゴで働いていたときに声をかけられたと語っています。マララーゴ(Mar-a-Lago)はドナルド・トランプの別荘地で、エプスタインとトランプは昵懇でした。トランプはエプスタインについて2002年に「彼はずいぶん若い子が好きみたいだねぇ」と語っています。
お金がもらえると聞いたヴァージニアはエプスタインの喜ばせ方を教えられ2、上達したところでエプスタインに引き合わされ、性的に搾取されました。ほかの少女たちも、マッサージの名目で連れてこられて暴行されています。
被害者たちはフロリダのエプスタインの邸宅について同じ証言をしています。螺旋階段を上がった先に寝室があり、寝室の奥にはドアがあって、もう一つの寝室がある。そこにはマッサージ用のマットレスと風呂場があり、ローションと性具の入った引き出しがあった……そこで彼女たちは同じように性的に暴行されたのです。
もう一つ、彼女たちが共通して証言していることがあります。毎日一人新しい娘を連れてこい、新しい性奴隷を連れてこいと言われたことです。エプスタインは性欲が強く、一日7回セックスをしないと収まらなかったからだといいます。
少女たちは別の少女を連れてくるとエプスタインから$200を与えられました。もちろん、連れてこられたその少女も暴行されました。$200は貧しい十代の少女にとっては大金です。彼女たちは生きるために、そそのかされて悪事に荷担させられていたのです。まるでネズミ講のようだった、と被害者の一人は語っています。
監獄からの脱出
ヴァージニア・ロバーツ(Virginia Roberts)は16歳から19歳までエプスタインのもとで働かされていました。
その間、エプスタインの所有する島の別邸でくつろいでエプスタインと家族のよう暮らしたり、ハイキングを楽しんだりもしていたといいます3。エプスタインに心理的に支配され、疑似家族のようになっていたのでしょう。
ヴァージニアはエプスタインの相手をするだけでなく、いろいろなところに「貸し出されて」いました。エプスタインの所有するカリブ海に浮かぶ島で大実業家・政治家・学者・王族の接待をさせられました。彼らの名前はプライベートジェットの搭乗リストやエプスタインが所有していた顧客リストから判明しています。チャールズ英皇太子の弟ヨーク公アンドルーもその中に含まれています。ちなみに、プライベートジェットはなんと“Lolita Express”という名で呼ばれていました。
政治家や企業家など各界の大物は人格的にも優れているのだろうと漠然と思っていた彼女は、彼らの振る舞いに失望したと語っています。
あるときヴァージニアはエプスタインの子どもを産むようにもちかけられます。親権を放棄し子どもをこちらの好きにさせれば毎月$200,000(約2000万円)やる、と。契約書を見せられた彼女は、契約してもよいが、見捨てられたとき自活するために技術を身につけたいからマッサージの資格を取らせてほしいと言います。エプスタインは彼女をタイに送ってマッサージの勉強をさせ、同時に彼女にタイの少女たちを連れてくるように命じました。
タイに渡ったヴァージニアは現在の夫と出会い、エプスタインに電話をかけて関係を切りました。今は夫とともにオーストラリアに住んでいて、三児の母です。
エプスタインからの電話とFBIの捜査
ヴァージニアが真ん中の子を妊娠していたときのことです。エプスタインと弁護士から、「あのこと」について口外していないかと尋ねる電話がかかってきました。アメリカから離れて何年も経っているのに、なぜ自分の電話番号がわかるのか、恐ろしかったそうです。
翌日にはFBIを名乗る電話があり、エプスタインの性奴隷だったか、ほかの女の子を紹介したのか、と聞かれました。ヴァージニアは、あなたがFBIかどうかわからないし、そんなことを聞かれても答えられない、と答えました。半年後、FBIが書類と被害者リストを持ってきて事情聴取をしにきました。そのとき、FBIは少女たちのリストを入手していて、自分が60から80人もいる被害者の1人だったと知ったそうです。
彼女は実名と顔を出して動画の中でエプスタインを告発しています。非常に勇気のある行動ですが、これは娘を授かったときに、娘にはこんな思いをさせてはならないと思ったからだそうです。名乗り出るのが被害から十数年後でもかまわない、訴え出てほしい、訴え出ることで被害にあう女性が減る、と言っています。さらに、自分が紹介したせいで同様の被害に遭わせてしまった少女たちに大変申し訳ないことをした、とも話しています。
エプスタインをとりまく人々
このような大犯罪をエプスタインは1人でやってのけたのでしょうか? そうではありません。不可解な釈放は強力な弁護団や有力者たちの後押しで可能になりました。連邦裁判所で扱わないことを決めたアレクサンダー・アコスタもその一人です。
それだけではありません。彼のパートナーとされるイギリス出身の女性、ギレーヌ・マックスウェル(Ghislaine Maxwell)も大きな役割を果たしていました。マララーゴで働いていたヴァージニアに声をかけ、エプスタインの喜ばせ方を教えたのは彼女です。エプスタインから電話がかかってくる前日にはギレーヌから全く同じ内容の電話があったそうです。
エプスタインの犯罪が悪質なのは、劣悪な家庭環境で苦しんでいる少女をさらに苦しめているからです。彼女たちから選択肢を奪った上で、ほかの少女たちも巻き込ませ共犯関係を作りました。
彼女たちを性的に搾取していたのが各界の著名人だったことも許しがたいことです。彼女たちを社会的に手助けする義務があるはずの政治家や富豪が彼女たちを食い物にしたのです。
性犯罪に遭った女性たちが声を上げられる時代になりつつありますが、依然として世界中の多くの女性は弱い立場にあります。このような事件が今後防がれるような仕組みが作られることを願ってやみません。
後編では、エプスタインをとりまく人々に焦点を当てます。
【2019年8月21日追記】表記を改めました。
Image: Hollywood News, Youtube News, sGF