この写真の窓の下にある機械を見たことがありますか?
これはスチーム暖房(蒸気式ラジエーター)です。北米の緯度の高い地域などに住むYouTuberの動画を見ていると、背景に映っていることがあります。
スチーム暖房は文字通り暖房機です。ビルに設置したボイラーで作った水蒸気を循環させ、部屋を暖める装置です。日本では以前は公共の設備など大きなビルではよく見られたのですが、近年では寒い地方以外では珍しくなりました1。
騒音が出る、暑くなりすぎるなどの理由で嫌われることもあるスチーム暖房ですが、実はパンデミックによって普及した過去があります。もちろん、新型コロナウイルスではなく、インフルエンザ(スペイン風邪)のパンデミックがその理由でした。
換気しつつ暖房するには
Heating Helpのダン・ホロハン(Dan Holohan)氏の『ラジエーターとパンデミックの奇妙な結婚』と題された講演です。
ホロハン氏は暖房機の専門家で、多数の著書があります。ホロハン氏がこの問題に気づいたのは1980年代だったそうです。
新型コロナウイルスでも、インフルエンザウイルスでも、感染を防ぐために大切なのは、よく換気をすることです。この対策はルイ・パスツールが提唱した微生物が病気を引き起こすという理論に由来します。
今からおよそ100年前のスペイン風邪のパンデミックに立ち向かった保健政策の責任者たちは、冬でも窓を開け放ち、よく換気するように呼びかけました。しかし1月や2月には気温が–10℃を下回ることも珍しくない米国北部では、窓を開け放つのは容易ではありません。
そこで必要だったのが窓を開け放っても部屋を暖かく保てる暖房器具でした。それがスチーム暖房だったのです。窓を閉めて使ったら暑くなりすぎるのも当然です。スチーム暖房は蒸気機関の発明者として有名なジェームズ・ワットの1784年の発明まで遡り、19世紀に技術改良が進みました2。1920年の専門書では窓を開けても部屋が暖かくなる暖房機の必要性が語られているそうです。
以上の内容はこちらのBloobbergの記事にも書かれています。この記事によれば、マンハッタン島に現存する建物の75%が1900年から1930年の間(スペイン風邪パンデミックの前後の時代)に建ったもので、そのとき設置されたスチーム暖房設備が今も残っているそうです。
当初、ボイラーは石炭式でした。ボイラーが改良されるにつれて暖房能力は過大になりました。これがスチーム暖房が暑すぎるもう一つの理由でした。窓を開けねばならないぐらい暑くなることもありますが、これはパンデミックの時代にはむしろ歓迎される特性でした。
その後、スペイン風邪パンデミックの記憶が薄れるにつれてラジエーターの出力を減らす工夫がされるようになっていきます。部屋の気密性も高くなりました。パンデミックは誰も思い出したくないので、積極的に忘れられてしまったのだ、とホロハン氏は言います1。
やっかいなメンテナンス
スチーム暖房は新型コロナウイルスのパンデミックで見直されるようになりました。しかし、パンデミック以前にスチーム暖房の評判が悪かったのは紛れもない事実です。暑くなりすぎ、メンテナンスが必要です。暑くなりすぎるのは(窓を開けて換気しながら部屋を暖められるので)パンデミックへの対応ではむしろ歓迎すべきことですが、メンテナンスはやっかいです。少なくとも、適宜水抜きをしないといけません。
こちらのハイメ・アルトサノ(Jaime Altozano)の動画では、ハイメの両親が病院で「残念ですが、お宅の息子さんにはラジエーター恐怖症があります」と宣告されて悲しみに暮れ、ハイメ少年はラジエーターの水抜きができないのでいじめられ、祖父から「大きなラジエーターに小さな工具で打ち勝つこともできるのじゃ」と諭された悲しい過去が語られています(もちろんウソ)。
サボりたい仕事として悪名高いようです。なお、動画本編はアニメ『ハイキュー』のオープニングテーマ“FLY HIGH!!”の楽曲分析です。テンションの上がる曲のおかげで、ハイメは無事、水抜きができました。
Image: Umberto
注
- 冷暖房の両方に対応できるエアコンの普及が理由だと思われる。
- ラジエーター(radiator)という呼び名を作ったのはジョゼフ・ネイソン(Joseph Nason)である。