アメリカの大学入試不正事件については昨日も記事にしました。昨日取り上げた事件では女優のロリ・ロックリンとフェリシティ・ハフマンなどセレブの子どもたちが大学に不正入学していました。この記事で取り上げる事件の当事者は、一般の子どもたちです。
大学受験は日本でも大変ですが、アメリカでも大変です。よい大学に行ってよい就職をしたいと思う人は多いので競争が厳しいのです。今後はますます高い教育を受けていないと、よい職を得ることは難しくなるといわれています。これは世界共通の現象です。だからよい大学に行きたい若者は多いですし、親は子どもによい大学に入ってもらいたいと思うものです。
今回紹介するのは、人々のこんな思いを利用した悪質な事件です。ルイジアナ州の小さなプレップスクール(難関大学を目指す生徒のための私立校)が舞台です。月謝$600およそ6万7千円(年間$7,200およそ80万円)のこの私立校は全米で話題になりました。
運営しているのはランドリー夫婦です。夫は元営業マンのマイケル、妻は元看護師のトレーシーです。T.M. Landry College Preparatory School(T.M.ランドリー・カレッジ・プレップスクール、以下T.M.ランドリー)を2005年に設立しました。彼らの学校は優秀な進学実績を出して注目を集めました。しかしこれが実は詐欺まがいだったのです。
バイラルになった動画
こちらの動画はハーバード大学に合格したT.M.ランドリーの生徒の様子です。
この生徒は既に大学のジャンパーを着ていて、周囲に固唾をのんで見守る同級生が映っています。
ハーバード大学はアメリカ最古の名門私立大学です。世界大学ランキングでも常に上位に入り、著名な卒業生を多く輩出しています。
そんな名門校にアフリカ系アメリカ人の優秀な学生を入学させたのがT.M.ランドリーでした。
反響が大きく『エレンの部屋』に出演
合格の結果を見ている動画は800万回(元動画は削除済み)も再生され、話題になります。とうとう生徒には有名トークショー『エレンの部屋』から出演オファーがきます!
出演しているのはアレックスとアレトン・リトル兄弟です。アレックス(18)はスタンフォード大に、アレトン(16)はハーバード大に入学が決まっています。
エレンは兄弟の半生を読み上げます。
「シングル・マザーの家庭で育ち、困窮し路上生活寸前の時期があったこと、暖房器具が無い家に住んでいるので寒さをしのぐためオーブンを付けて暖をとったこと、数年前に下の弟を亡くしたこと……。それでも学年で最も高いGPAを取り続けたことは素晴らしい功績です。」
番組から寮生活に必要な物をプレゼントしています。大学進学はしばしば貧困から抜け出す鍵と言われています。親の期待も背負い、生徒自身の境遇から脱却するための希望の一歩を進めた姿が象徴的な、心温まる回です。
ニュース報道
生徒を次々にアイビー・リーグ1に入学させるT.M.ランドリーに取材が殺到します。
学校を設立したランドリー夫婦が答えます。
トレーシー:下の子が小学校1年生のとき、まったく字が読めなかったのです。仕方なくホームスクーリング2に切り替えました。すると、みるみる学力が向上しました。ウワサを聞きつけた親たちが子どもを私たちに預けるようになったのです。
インタビュアー:しかし、あなたたちには何も資格はないじゃないですか? なぜ親は子どもを預けるのでしょう?
マイケル:子どもたちの笑顔を見るからでしょう。子どもたちは「大変だけど、学んでいる」と話すのです。
ニュースでは、校舎内を取材しています。校舎は倉庫を改装したもので、普通の教室はありません。T.M.ランドリーでは教員免許を持たない教員が教鞭をとり、学生がアメリカ理系大学の頂点MITの教科書を使って教えあっている様子を紹介しています。
マイケル:45%の学生はアイビーリーグに入学し、86%の学生は全米上位50校の大学に入学している実績があります。
これは驚異的な実績です。スタジオでもこの実績が話題になっています。ところで、教員が免許を持っていないのでルイジアナ州の教育制度ではT.M.ランドリーは無認可の私立校です。そのため、通常の学校と同じ科目を教えているわけではありません。この時点で、T.M.ランドリーを疑う声もわずかながら出ていました。取材した記者は「生徒は大学に入学することのみを目標にしていて洗脳されたようだった」と感想を述べています。
暗転、実態が明るみに
T.M.ランドリーの躍進を讃える報道が一段落したころ、ニューヨークタイムズが衝撃的な事実を報道します。
ニューヨークタイムズの動画です。
記事では46名の学校関係者に取材をしてT.M.ランドリーの実態を明らかにしています。
大学に提出していた生徒の成績はほとんど真っ赤なウソだったというのです。履修していない科目の単位をねつ造し、校外活動でもめざましい結果を出したとねつ造していました。ある生徒は「貧しい子どもたちにシェルターを提供する社会貢献プログラムを発足した」など虚偽の校外活動を記載されていました。
さらに、内申書に書かれた家庭の事情もでっち上げていました。親がアルコール依存や薬物依存だ、生徒は家庭内暴力を受けていた、家庭が極貧だなどと書かれていたのですが、それはひどく誇張されていました。確かに豊かではない家庭の子どももいましたが、多くの生徒は月$600の学費を払える家庭の子どもでした。事実とはほど遠いウソが内申書に書かれているのを知った生徒たちはショックを受けました。
そのうえ、設立者のマイケル・ランドリーは生徒に体罰まで加えていました。首を絞め投げ飛ばし、米や石、熱いコンクリートに長時間ひざまずかせ、暴言を日常的に吐いていたことも発覚します。自閉症の生徒をクローゼットに閉じ込めるような非人間的な行いもしていました。
学生にインタビュー
ニューヨークタイムズの記事は生徒の学力にも触れています。
学力テストを受けさせたところ、ある中学生は小学校4年生ほどの学力しかありませんでした。6歳の生徒の祖母はフォニックスを習わず1日中レゴで遊んでいたようだ、と話します。
生徒たちはACT3のテスト勉強ばかり繰り返ししていたため、大学に入学したあとで自分が学んでこなかったことがたくさんあることに気付きます。ある生徒は大学の化学の試験で問題が分からず硬直し、生物の試験を途中退席した経験を話しています。
ニューヨークタイムズの取材によると、生徒たちは名門大学に入学した後、ほとんどはもっと低いレベルの大学に編入するか、退学している実情も判明しています。アメリカの大学は日本の大学よりも卒業が難しく、中退率も高いのですが、それにしても中退率が高すぎたそうです。これは本来その大学に入るべき学力がなかったのに入ってしまったから起こったことです。
悪用された学生受け入れ方針
大学は常に優秀な学生を受け入れたいと思っています。アメリカの大学は単に優秀なだけでなく、多様な背景を持った学生を受け入れたいと思っています。それは、様々な環境の中で努力できる人、たとえば家庭環境、貧困に負けない強い意志を持った人がほしいからです。多様な人々が共存するアメリカで求められているのはそのような人材です。そのため、アメリカの大学は受験者の家庭環境を考慮して合否を決めます。校外活動の実績を重視するのも同じ目的です。意欲ある学生がほしいのです。
この制度を悪用したのがT.M.ランドリーでした。貧困、片親で世帯年収が低い家庭に育ったアフリカ系アメリカ人の勤勉な人物像を捏造して生徒たちを合格させていました。有名大学がまんまとだまされてしまったのはこの人物像が彼らの求めている学生像にぴったりだったからです。社会もマイノリティーが成功を掴む物語として当初このニュースを大歓迎しました。T.M.ランドリーの「成功」の秘訣は社会の求めている物語を提供したことでした。そして、大学と社会は願書の物語に簡単にだまされてしまったのです。
実態が暴かれてから4ヶ月経ちました。追及は下火になってしまいましたが、学校は存続していると報道されています。まだ夢を持って通っている生徒、子どもを送り出している親もいるようです。T.M.ランドリーは偽物の烙印を押されましたが、同じような事件はまた出てくるかもしれません。社会は成功の物語を求めます。大学も多様で意欲的な人材を願書から見つけ出そうとします。考えてみれば、大学がだまされてしまったのは当然です。願書に書かれたことが本当かウソか、本人をよく知る人以外に確かめるすべはないのですから。大学の入学志願者の選考方法を変えない限り、悪用を止めることはできないでしょう。
参考:TMLandry school profile
Louisiana School Made Headlines for Sending Black Kids to Elite Colleges. Here’s the Reality.
State Police Investigating Abuse at Celebrated Louisiana School