地球上では生物の種が生まれ、絶滅しています。人類のせいで絶滅した種も少なくありません。20世紀以降、ニホンオオカミ、リョコウバト、ニホンカワウソなどが絶滅しました。
絶滅した動物はどのような姿で、どのように生活していたのでしょう? 絶滅以前にその様子を記録した博物学者たちがいます。今回取り上げるゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(1709年–1746年)もその一人です。
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ステラーカイギュウ
博物学は自然界の生物・無生物を収集し分類する学問です。自然科学が生物学・地質学・化学・物理学などに細分化する前の18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの多くの学者が博物学者を名乗りました。
ドイツに生まれたシュテラーも博物学者でした。彼は、デンマーク生まれのロシアの海軍軍人ベーリングの探検隊(第二次遠征)に参加します。探検隊は陸路シベリアを横断し、船を建造してカムチャツカ半島に渡りました。
シュテラーは半島を調査し、再び探検隊の船に戻ります。船は東へ向かい、ユーラシア大陸とアメリカ大陸の接する場所を目指します。船はしばらく進路を誤った後、アラスカのカイアック島へ到着します。博物学者シュテラーは調査を希望しますが、ベーリングは10時間の滞在しか許しませんでした。
その後、シュテラーの乗り組んだ船はある島で座礁し、隊員たちは次々(壊血病などで)死んでいきます。隊長のベーリングもこの島に倒れました。1741年でした。この島は今ではベーリング島と呼ばれ、彼の渡った海はベーリング海と呼ばれています。
島の周りにはジュゴンやマナティーに似ているけれど、まだ記録されていない大きな海生動物がいました。シュテラーはこの動物について報告し(この島には1年も留まらざるを得なかったので観察の時間はたっぷりありました)、この動物はシュテラーの名をとってステラーカイギュウ(Steller’s sea cow, Hydrodamalis gigas)と呼ばれるようになりました。体長は8m、体重は11tにもなります。
ジュゴンやマナティーは暖かい海に生息しますが、ステラーカイギュウは寒冷な海に生息するのが大きな違いです。ステラーカイギュウは寒冷な海に生息する仲間の最後の生き残りでした。ステラーカイギュウも古くはもっと広く、日本近海から北アメリカ沿岸まで分布していたようです。
非常に大きな体は、寒冷地への適応の結果です1。ステラーカイギュウは海藻を食べ、成獣には歯がありませんでした。
シュテラーなど残された隊員たちはステラーカイギュウを食料にして生き延び、ボートを作ってロシア本土へ帰還します。ステラーカイギュウの肉は美味で、豊富な脂は燃料にもなったそうです。利用価値が高かったため、ステラーカイギュウは乱獲され、シュテラーによる報告の二十数年後には絶滅しました。
当時毛皮を求めて捕獲されていたラッコと生息地が重なっていたのも不幸でした。ラッコを捕獲する人々はステラーカイギュウを食料にしました。さらに、ラッコの乱獲でラッコの食べるウニの量が減ると、ステラーカイギュウが食べる海藻がウニに食い尽くされてしまいました。
20世紀以降もステラーカイギュウの目撃報告はありますが、見間違いだとされています。
ステラーカイギュウは人類によって絶滅したことが確実な最初の海生哺乳類です。このような絶滅が今後起こらないことを願う、と動画は締めくくられています。
ステラーウミザル?
シュテラーはステラーカイギュウのほかにも様々な種を報告しました。トドやコケワタガモなどです。
死後出版されたシュテラーのノートには、ある奇妙な生き物が記載されていました。それがステラーウミザル(Steller’s sea ape, ステラー海猿)です。
シュテラーがステラーウミザルを見つけたのはアラスカ沿岸の島です。彼は2時間ほどこの生き物を観察し、体長は1.5mほど、頭部は犬のようで耳はぴんと立ち、口の周りはヒゲが垂れ下がり、尾はサメのようだと述べています。背部の毛は灰色で腹部の毛は赤みを帯びた白でした。
このような生き物はシュテラーの後は報告されていません。何か別の動物と間違えたのではないかという説もありますが、博物学者シュテラーが間違えるとは思えません。
様々な推測がされていますが、ありそうなのは次の推測です2。
シュテラーは探検隊の隊長ベーリングと不和でした。陸地でゆっくり生物を観察することは許されませんでした。ベーリングはヒゲを蓄えていました。シュテラーはベーリングを動物にたとえて鬱憤を晴らしたのだ、と推測されています。この生き物が架空のものであった証拠に、シュテラーはこの動物を正式な報告書には記載していません。
さらに決定的な証拠もあります。シュテラーはこの生き物をSimia marina danicaと名づけました。これは「デンマークの海のサル」という意味です。探検隊でデンマーク人は隊長ベーリングただ一人でした。
シュテラーはノートにこの生き物を撃とうとしたと書いています。二人の間には相当な不和があったのでしょう。
シュテラーは医師兼博物学者として探検隊に参加しました。科学が未分化で、今よりずっと人間くさかった時代のことです。シュテラーの不思議な生き物はそれを今に伝えています。
注
- 熱帯のマレーグマは体長1m台なのにホッキョクグマは体長2mを超えるのと同じ(ベルクマンの法則)。
- Wikipediaによれば、この推測はAndrew Thalerによるもの。