プレッピー(preppy)1ではありません。プレッパー(prepper)です。プレッパーとは何らかの「危機」に備えている人をさします。サバイバリスト(survivalist)とおよそ同じですが、プレッパーの方が新しい言葉です。
プレッパーが備える危機は様々です。自然災害、原発事故、パンデミック2から、経済危機による社会の崩壊や、キリスト教的な世の終わりまであります。ハリケーンや地震など短期的な災害も、(恐竜を絶滅させたような)巨大隕石による寒冷化などの長期的な災害もあります。何らかのきっかけで社会が崩壊したあと、自給自足のコミュニティを作り、武装して侵入者を撃退する準備をする人もいます。災害へ備えるだけでなく、社会の崩壊まで想定しているのが、普通の防災とプレッパーの違いです。
自給自足的な暮らしを目指す自然派も、災害に備えておきたい慎重派も、武装を指向する過激派も、プレッパーに入ります。YouTubeの動画でprepper/survivalistのいろいろを見てみましょう。
Survivalist/prepper/homesteaderの違い
こちらの動画ではsurvivalistとprepperとhomesteaderの違いが説明されています。
プレッパー(prepper)とサバイバリスト(survivalist)とホームステッダー(homesteader)は意味の近い言葉です。
プレッパーはprepare(準備する)からきた言葉で「準備する人」です。サバイバリストはsurvive(生き残る)からきた言葉で「生存主義者」です。ホームステッダーはhomestead(入植者の自作農場)からきた言葉で「入植者」です。
プレッパーは比較的新しい言葉で、それ以前はサバイバリストと呼ばれていました2。
こちらの動画によれば、サバイバリストの目的は非常袋で当座の危機を脱することです。サバイバリストは長期的な備えをしているわけではありません。ホームステッダーが一番徹底的で、長期的な自給自足状態にあります。プレッパーはその中間です。
非常袋
プレッパーなら非常袋は常識です。プレッパーは非常袋を(よく使うsurvival kitではなく)bug out bagと呼ぶことが多いようです。
こちらの動画では野外で生き残るための非常袋は
- 風雨に耐える頑丈なリュックサック
- 飲料水もしくは濾過装置(あるいは飲料水の消毒薬)
- バッテリー
- 救急セット
- 方位磁針
- エマージェンシーブランケット
- 無線機
- ナイフ
- ライター
- 食料
を含まねばならないと言っています。これは最低限の物品で、ほかのものも含んでよいと動画では述べられています。
自給自足のススメ
こちらの動画は冒頭の5分でホームステッダーのコツを紹介しています。後半はvlogです。
土地を借りること。使われていない土地は多いので簡単に借りられます。
次に裏庭でニワトリやガチョウを飼うこと。メンドリ4羽で家族が食べる卵を供給でき、動物の世話をして自給自足する方法を学べます。
家庭菜園から始めること。広い農地より小さな家庭菜園に集中した方が効率が上がります。
食料の備蓄を始めること。自作する必要はありません。買ってもいいし、近所の農家から手に入れてもかまいません。
近所で自給自足している人のところで働くこと。自分で自給自足を始める前にやり方を学べます。
どこから手をつけたらよいかわからなかったら最初の年は木を植えること。10年後、実を収穫できます。
農業でも牧畜でも、これをやると決めたら徹底的に頑張ること。
電気柵を買うこと。最初は使い道がはっきりしないかもしれないので、移設可能な電気柵を選びます。
銃
こちらの動画ではプレッパーのための銃について説明しています。
非常事態には社会の崩壊や食料の欠乏で略奪が発生するとプレッパーは予想しています。そのため、銃で自衛する発想になります。
携帯用としてAR-15(M16自動小銃)、AK-47(カラシニコフ)、長距離射撃用としてスプリングフィールドM14、AR-10などを紹介しています。そのほか、住居を守り狩猟をするための散弾銃、護身用として拳銃なども紹介しています。
こちらの記事では新型コロナウイルスと大統領選挙による混乱を危惧した人々が銃を買い求めていると紹介されています。
サバイバリズムの歴史
自給自足と食料の備蓄と銃による自衛はどのようにしてサバイバリズムの中に流れ込んだのでしょうか? こちらの動画はサバイバリズムの歴史をまとめています。
動画によれば、サバイバリズム(survivalism)の源流は1929年の大恐慌にあるとされています。冷戦中にも(核戦争の可能性も深刻でしたが)経済の崩壊に備えようという主張もされていました。背景はインフレやオイルショックでした。紙幣よりも貴金属の方が非常時には安心だと宣伝されました。経済危機に備えて食料を備蓄する方法を述べたJohn A. Pugsleyの1980年の“The Alpha Strategy: The Ultimate Plan of Financial Self-defense”はベストセラーになりました。
避難場所(retreat)の侵入者に備えた要塞化は現代の代表的なサバイバリズム作家James Wesley Rawlesが主張しています。1970年代にはサバイバリスト(survivalist)とリトリーター(retreater)がほとんど同じ意味で使われました。
1999年の2000年問題、2001年のアメリカ同時多発テロ事件、2005年の鳥インフルエンザ、2007年の世界金融危機もサバイバリズム運動を盛り上げました。
現在ではサバイバリスト/プレッパーといえば『ザ・ウォーカー』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』などの作品のイメージが一般に流布しています。これらの作品では社会の崩壊した後に人々が武器で自衛する様子が描かれています。
プレッパーの「思想」
サバイバリストやプレッパーはどのような考えを持っているのでしょうか?
プレッパーは現代社会は持続可能ではないと考えます。そして、社会が崩壊するときに現代の技術に依存していては生き残れないと考えます。動画では、「プレッパーは社会の行く末に悲観的で一人一人の人間の生存能力には楽観的。非プレッパーは社会の行く末には楽観的で一人一人の人間の生存能力に悲観的。」と整理されています。プレッパーは人々が技術に依存し、互いに依存しあっていることを警戒しています。
世界には様々な規制があり、インターネットも大手IT企業の影響下にあります。プレッパーはそのようなシステムから自由になりたいのです。技術と規制と政府から自由であるのが人間的だと考えるからです。自分で自分の運命を決めたいのがプレッパーです。
アメリカ文化の今
こちらの記事には、プレッパーは主として右派だったとあります。
北米には開拓時代以来の、自立し自給自足できる人を理想とする伝統があります。その理想に共感する保守派は、文明社会に頼らず生きるプレッパーの思想にも近づきます。キリスト教的終末観や、銃による自衛も右派の思想とつながっています。
アーミッシュはプレッパーの理想に近い暮らしをしています。
人が備えようとするのは危機が迫っていると感じるときです。プレッパーが食料の備蓄を増やし、講習会に足繁く通うのは彼らの価値観にとって社会によくない変化が起こりつつあるときです。
記事によれば、プレッパーを相手にする商売が繁盛したのはオバマ大統領が当選したときだったそうです。トランプ大統領は保守派の価値観に合致するため、プレッパーの活動は沈静化しました。
しかし次の記事によれば、トランプ政権下では逆に左派が危機感を高め、プレッパーになりつつあります。
左派の政府を信頼できない右派はプレッパーになり、右派の政府を信頼できない左派はプレッパーになります。北米のプレッパーに共通するのは政府に対する不信感です。世界のほかの地域にもプレッパーはいますが、北米とはかなり様子が違います。欧州のプレッパーは政府への信頼が高く、武装しません。短期的な避難が関心の中心です。
左派は環境が危機にあるという意識が強いため、近年は自然災害やエネルギー危機を危惧してプレッパーになる例もあるようです。ホームステッダーの自然エネルギーによる自給自足は環境意識の高い左派に近い考え方です。
こちらの動画では、技術進歩で経済危機が発生することを心配している元Yahoo社員が紹介されています。
非常用シェルターが最近はIT企業の社員に売れるようになってきたと語られています。これはこれまでになかったことです。
IT企業に在籍していたプレッパーの心配は、あらゆる仕事が自動化されて消えてしまうことです。社会がそれにうまく対応できなければ、革命のような混乱が起こるのではないかと恐れているのです。世界金融危機の後は問題が大きくなるばかりだ、と語るプレッパーは、森を切り開き、電気を自家供給し、銃で自衛しようとしています。
動画は、IT系のプレッパーたちが彼らの言う社会の崩壊の原因に荷担しているのは皮肉だ、と締めくくられています。
右派であれば左派であれ、自分を信じて他人に頼らず生きようとするプレッパーたちには、アメリカの伝統が色濃く反映されています。アメリカらしい個人主義と自助努力がプレッパーたちの背景にはあります。