2020年は米国大統領選挙の年です。投票日は2020年11月3日です。現地時間2020年9月29日に行われた第一回の大統領候補者討論会へのTwitterの反応をお伝えします。
討論会はオハイオ州クリーブランドで行われました。時間は90分、コロナ下の今年は特例として来場者は80名に制限され、拍手やブーイングもなし、候補者間の握手も行われません。候補者が二人とも高齢ということもあり、どのような発言が飛び出すのかが注目されていました。司会者はFOXニュースのクリス・ウォレスが務めています。
トランプ大統領の主観では、このような心境だったようです。
(2021年1月10日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
というのも、ウォレス氏は(保守的で親トランプ政権の)FOXニュースでは珍しくトランプ大統領に批判的な人物だからです。
討論会の様子は日本でも報道されていますが、アメリカでの受け止め方はどうなのか、Twitterから一部の声を紹介します。
まとめるとひどい内容だったというのがTwitterの総意のようです。ですので、おじいさん二人のひどい討論を見る前に、どうぞアニメ風の美少年になった二人を見てリラックスしてください。
— j aubrey ? (@jaubreyYT) September 30, 2020
念のため説明すると、左の目つきが悪いのがトランプ大統領、右の頭髪が寂しいのがバイデン元副大統領です。
討論会の全内容はこちらのC-SPANの動画に収められています。
最高裁判事
2020年9月、最高裁のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が死去しました。最高裁判事に空席ができたのでトランプ政権は後任を指命しようとしています。
最高裁判事は法律の違憲審査をすることで社会に大きな影響を与えます。米国の制度では最高裁判事は終身職なので議員や大統領よりも長く影響力を保ちます。
米国では右派は妊娠中絶の禁止を主張します。そのため、トランプ政権が次の最高裁判事を指名すると中絶が違法化される可能性があると指摘されています。これが左派がトランプ政権による指名に反発する一つの理由です。
民主党大統領候補ジョー・バイデン「アメリカ国民は最高裁判事指名に意見を言う権利があります。しかし、選挙中となってしまったため、そのチャンスを奪われました。」
“The American people have a right to have a say on who the Supreme Court nominee is … They’re not going to get that chance now because we’re in the middle of an election already.”
– Democratic presidential nominee Joe Biden pic.twitter.com/X7ANEx3S4Z
— PBS NewsHour (@NewsHour) September 30, 2020
医療保険制度
アメリカでは医療保険は日本のような皆保険ではありません。保険料の高い民間保険が多く、保険に入っていても高額な医療費を払えず破産することもあります。歴代政権の重要課題だったので今回の討論会でも話題になりました。
討論会で「インスリンを水みたいに安くした」と発言したトランプ大統領。本当でしょうか?
「インスリンを水みたいに安くした」って笑える。
I’m getting insulin for so cheap it’s like water. Lmao. #Debates2020 #DebateTuesday
— Secular Talk (@KyleKulinski) September 30, 2020
私は1型糖尿病だが、インスリンの価格は変わっていない。トランプはウソつきだ。
(2022年11月13日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
薬価や新型コロナウイルス対策について経済を優先するべきか、人命を優先するべきか(医療崩壊を回避するべきか)が議論されました。
経済格差
経済格差は大きな問題です。新型コロナウイルスの拡大で低賃金労働者がますます苦しい立場に立たされる中、富裕層は打撃が少ないと言われています1。バイデン元副大統領はこの点を突きました。
バイデン「トランプ大統領のような百万長者や億万長者はコロナ禍で順調にやっている」
Biden: “Millionaires and billionaires like him have done very well during the COVID crisis.”
Damn good line. #Debates2020
— The Humanist Report? (@HumanistReport) September 30, 2020
また、2020年9月下旬、New York Timesがスクープしたトランプ大統領の過去の納税記録も話題になりました。過去の損失の繰り越しでほとんど所得税を払っていなかったため、反トランプ陣営は盛んにこの点を攻撃しています。
ここでトランプ大統領から爆弾発言が飛び出します。「税金は払いたくないし、バカじゃないかぎり払わないものだ。」という発言です。
トランプは納税者をバカ呼ばわりした。
(2022年1月10日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
もちろん、損益通算で節税するのは完全に合法なので、払っていなかったこと自体は問題ありません。ただし、天才的なビジネスマンであるという触れ込みで大統領になった人物が大きな損失を出して所得税を払っていなかったのは奇怪です。また、歴代大統領は汚職のない証拠として納税記録を開示してきたので、一人だけ開示を拒んできたトランプ大統領の行動は公職に就く者として疑問符がつきます。
奇跡的にトランプ大統領は事実を語った。オバマ政権下でトランプ大統領が利用したような納税回避の抜け穴ができた。トランプ大統領はウソばかり言うので、事実を述べたときは指摘するべきだ。
Miraculously @realDonaldTrump actually said one thing that is true – it was Obama administration that created the loophole that allowed Trump to avoid a huge amount of taxes. Trump lies so much, you have to point out any time he actually says something true. #Debate2020
— Cenk Uygur (@cenkuygur) September 30, 2020
司会者やバイデン元副大統領から「納税証明書を開示してください」と要求がありましたが、トランプ大統領は「私は数億円納税したこともある」と話してかわしています。
トランプ大統領の支持者からは、「討論会で納税記録なんてどうでもいいことを取り上げるな」という声が多く出ていました。
人種差別について
近年、人種差別に対する抗議の声が強まっています。その一環で、白人がこれまで有利な立場にあったことを自覚しよう、と言われるようになりました。また、相手がどの人種であるかによって行動を変え、無意識的に特定の人種に差別的な行動をとってしまうことに気づこう、という動きもあります。これを“racial sensitivity training”と言います。
トランプ大統領は「racial sensitivity trainingをするのはこの国を嫌うようにしむけることだ」って言ってるけど、それはこの国が人種差別的な国だって認めるようなもんなんだけどな。
If you think teaching racial sensitivity is teaching to hate the country then you’re agreeing this is a racist country
— mac kahey (@MacDoesIt) September 30, 2020
このトランプ大統領の発言は、最近の人種差別への抗議活動にうんざりしている白人支持者たちへのメッセージです。何でも人種差別だと言われて息苦しい、むしろ今や白人がほかの人種にいじめられているではないか、と感じている支持者たちを喜ばせる発言でした。
さらにこのような発言も飛び出しました。
司会者「白人至上主義者や武装集団を批判して、彼らに引き下がるように言うつもりはありますか?」
Chris Wallace: “Are you willing, tonight, to condemn white supremacists and militia groups and to say that they need to stand down…”
Trump: “Proud Boys, stand back and stand by! But I’ll tell you what, somebody’s got to do something about antifa and the left.” pic.twitter.com/4vrPocKzcu
— Axios (@axios) September 30, 2020
最近、人種差別に反対する声が強まっているので、人種差別に反対するふりぐらいはするのが普通の大統領候補ですが、トランプ大統領は違いました。やはり支持者へ強いメッセージを発しています。
これに対して、反対派からはトランプ大統領への激しい批判が出ています3。
トランプ大統領は白人至上主義者を批判することなんてできない。機会があっても、できない。彼がその一員だからだ。
(2022年12月24日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
トランプ大統領は支持層の特徴をよく把握しているようです。彼らに語りかけるような発言をたびたびしていました。
大統領選挙
今回の選挙は、新型コロナウイルスの拡大を防止するため、郵便投票を拡充する方針です。郵便投票は国土の広いアメリカではこれまでも行われてきました。しかしトランプ大統領は、郵便投票は不正の温床だとして攻撃しています。そのため郵便投票についても討論されました。
日本では成人した日本国民に自動的に投票権が与えられます。しかし、日本と違ってアメリカでは、成人したアメリカ国民でも自動的に投票権は与えられません。有権者登録の手続きをする必要があります。近年では、右派は有権者登録の手続きの厳格化を指向し、左派は緩和を指向してきました。右派は不正投票を懸念し、左派は貧困層が登録しに行けないことを懸念しています。
有権者登録制度についてはこちらの記事をごらんください。
トランプ大統領は、右派の主張する郵便投票への疑念を繰り返しました。不正の疑いがあり、集計には何ヶ月もかかるかもしれない、と示唆します。
トランプ大統領に耳を傾けよう。
彼はこの投票を盗み取ろうとしている。
彼は何も隠すつもりがない。
彼に、耳を、傾けよう。
Listen to Trump.
He’s telling you he will steal this election.
He isn’t hiding anything.
Listen. To. Him.
— Jared Yates Sexton (@JYSexton) September 30, 2020
トランプ大統領が郵便投票について言ったことはほとんど全部、桁外れのウソだ。30から40%が不正投票だというのはいくら何でもおかしい主張だ。彼はあり得ないウソつきだ。
Almost everything Trump said about mail-in votes was a GARGANTUAN lie. Saying 30-40% of mail-in votes are fraudulent is insane and nowhere near true. He is a preposterous and pathological liar. #Debate2020
— Cenk Uygur (@cenkuygur) September 30, 2020
さらに、支持者に向けて、投票所を監視してくれと発言しました4。
(2021年2月15日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
支持者にとっては大統領に期待されていると感じられる発言かもしれません。
非難の応酬
以上の話題のほか、環境政策や経済政策、新型コロナウイルスなども討論会では取り上げられました。
討論会というと、双方が自らの立場を相手に伝えて議論を尽くすイメージがあります。しかし、今回の討論会は議論というよりは悪口の投げ合い、子どものけんかのようだという声が多く見られました。
たとえば、トランプ大統領がバイデン元副大統領の持ち時間中に口を挟むので司会者に注意されました。
Debate Moderator Chris Wallace: “Mr. President, I am the moderator of this debate and I would like you to let me ask my question…”
WATCH LIVE: https://t.co/fWneV8WJet#Debates2020 pic.twitter.com/elNkhYD2GZ
— Good Morning America (@GMA) September 30, 2020
バイデン元副大統領も割り込むトランプ大統領に「黙ってくれんかね」と返しました。
バイデンがトランプの漂白剤の件5を茶化したのは面白かった。
Biden clowning on Trump for the bleach comment was legit funny. #Debates2020
— The Humanist Report? (@HumanistReport) September 30, 2020
まともに議論が成立していないことが多く、司会者も含めた三人が同時にしゃべっている瞬間もありました。
次回の討論会はZoomでやるのがいい。そうすれば司会者はトランプが自分の番じゃないのに話してたらミュートできる。私はいつも中学生にそうしてる?
The next debate should be held on Zoom so the moderater can mute Trump when it’s not his turn to speak just like I do with my middle schoolers ?
— SmokeyJoe (@CharlesNotJoe) September 30, 2020
人々の感想
前代未聞のひどい討論会だったという声もありました。
アメリカ史上最悪の大統領候補者討論会だった。
This was the worst presidential debate in American history.
— Gravel Institute (@GravelInstitute) September 30, 2020
ジャーナリストたちもさんざんな評価をしています。
ジョージ・ステファノプロス7「私がこれまで見た中で最悪の討論会。」
ウルフ・ブリッツァー8「私が見た中で一番カオスな大統領候補者討論会。これが史上最後の討論会だったとしても驚かない。」
Dana Basch: “That was a shit show.”
George Stephanopoulos: “That was the worst debate I’ve ever seen in my life.”
Wolf Blitzer: “This was the most chaotic presidential debate I’ve ever seen. I won’t be surprised if this is the last presidential debate.”
Yep. #Debates2020— Tiffany Salameh TV (@tiffanysalameh) September 30, 2020
これが2020年大統領選だ、という映像ですが、これは……
(2021年2月21日:削除されたツイートをキャプチャ画像で置き換えました。)
まともな討論にならなかったのは彼らがアメリカの歴史上稀に見る高齢な候補であることも理由かもしれません。
個人的な感想
以下は個人的な感想です。
ひどい内容だったことには完全に同意します。
強いてよかったところを探すならば、健康不安説が流れていたバイデン元副大統領が特に問題なく討論できた点です。しかし、これはポジティブな話ではなく、ネガティブではなかったというだけです。
バイデン元副大統領は何度かカメラの向こうの聴衆に語りかけるシーンがありましたが、トランプ大統領がカメラを見つめることが少なかったのは意外でした。リアリティスターにしては不慣れな印象がありました。聴衆をあおるのに長けた大統領にとって、客が少なく、拍手喝采の禁じられた今回の討論会はアウェーだったのかもしれません。
しかし、見方を変えれば、コント番組のようであっという間の90分でした。その意味では、次回が楽しみです。しかし政策についてまともに議論が成立しなかったのは腑に落ちません。
討論会にあまり意味がなさそうなのも残念です。おそらく今回の討論を見ても、双方の支持者たちは意見を変えないでしょう。
トランプ大統領は、富裕層および反人種差別運動を苦々しく思っている層に訴える言葉、メディアを信じていない人たちに訴える言葉で語りました。しかしトランプ大統領の言葉は社会保障の強化を求める人々や人種差別に反対する人々の憤激を呼びました。
他方、バイデン元副大統領は全く逆で、人種差別に反対し環境保護を訴えましたが、トランプ大統領の支持者には響かないでしょう。また、環境政策や社会保障については、より左の、バーニー・サンダース支持者にとっては物足りない主張しかしませんでした。
バイデン元副大統領がトランプ大統領を攻撃する材料にした納税記録のスクープも、自派向けのアピールにしかなっていないように見えます。トランプ大統領の支持者にとっては、慣例を破って記録を開示しなかったことも、所得税をほとんど払っていなかったことも問題ではないでしょう。
両候補者とも、内向きのアピールばかりでした。今回の討論会がまともな「討論」にならなかったことは、現代アメリカの政治から議論と共通理解のための土台が失われていることを示しているのかもしれません。
注
- ダウ平均株価は新型コロナウイルスの影響で大きく落ち込んだものの、9月上旬には年初の値に戻している。
- アンティファは極左過激派。人種差別に抗議するデモで破壊活動に及んでいる集団がアンティファと呼ばれることがある。しかし、逆に白人至上主義者が扇動のためアンティファのふりをして破壊活動をしていることもあるため、正体不明のことが多い。
- その後、プラウドボーイズは喜々としてコメントしている。
- 一般人が投票所の周りで監視することで何ができるのか不明。あるいは白人の支持者が投票所にいることによる反トランプ派のマイノリティーに対する威嚇効果を期待しているのかもしれない。
- 漂白剤を注射すれば新型コロナウイルスを除去できるとトランプ大統領は記者会見で発言したことがある。
- Dana BashはCNNの政治記者。
- George Robert StephanopoulosはABCのアンカー。
- Wolf BlitzerはCNNのリポーター。